プレイバック八代将軍吉宗・(35)父の背中
享保9(1724)年11月22日、天才の名を欲しいままにした浄瑠璃本作者・近松門左衛門、死去。享年72。涙にくれる近松家の小女・お梶ですが、目の前の棺桶のふたがガタガタ言い始め、天冠(三角頭巾)をつけた近松が棺桶から出て来て、懐に入った銭を放り投げます。冗談ではござらぬ! 狂言回しが死んでは大河ドラマも終わりでござる。されどご安心あれ。この近松にも意地がござり申す。魂魄この世にとどまりて、8代将軍吉宗公は名君なりや、はたまた暴君なりやをしかと見届け、みなさまとご一緒に厳しい審判を下す覚悟でござる!
そもそもでござる。芸術の香りも高き心中芝居を卑猥な風俗本と同じく迫害され、無念にも筆を折るに至ったこの近松、虚しく年老いて、火事には焼け出され、なんでおめおめと三途の川など渡れましょうや──!
享保10(1725)年4月、お世継ぎ長福丸(ながとみまる)どのの元服の儀がござり、その名も「家重」ぎみとおなりあそばした。儀式が終わりたどたどしく挨拶をする家重です。吉宗は、西の丸に入る家重の担当として安藤信友を指名し、西の丸老中とします。水野忠之は、家重を「若君」と呼ぶよう全体に命じます。
浄圓院は家重を慈しみ育てたお久免を労わります。家重が西の丸へ行き、お久免も大奥首座として大奥に入ることになりますが、首座は荷が重すぎるとお久免は固辞します。浄圓院は自分がしがない百姓の娘から光貞の湯殿番、そして今は将軍の生母と高い身分になったことを例に出し、人には運命というものがあるとお久免を諭します。
6月19日、大納言家重ぎみ西の丸入り。選りすぐったブレーンの筆頭は西の丸ご老中・安藤信友どの。このお方は俳人としてもご高名にて、後世に残る名歌をお残しでござる。
雪の日や
あれも人の子 樽拾い
学問の師はご存じ室 鳩巣どの。そして傅役兼ご学友に大岡越前守どののご親戚・大岡忠光どの。
家重は天英院に挨拶をします。天英院は吉宗の意向で典礼儀式の作法などを教えることになりましたが、側衆がついた今、隠居が口出しすることもあるまいと微笑みます。西の丸の主として、何の気兼ねなくのびやかに過ごすよう言葉をかけます。家重は信友をちらりと見、促されるままに頭を下げます。
続いて7月、ご次男小次郎どのは広敷のお部屋から二の丸入り。ご三男小五郎どののおわす大奥には、お久免どのがお部屋さまとしてお入りなされた。廊下を歩くお久免ですが、障子の紙に穴をあける人がおり、障子を開けると小五郎です。小五郎はニヤリとして大奥の庭を逃げていきますが、それを目で追いかけるお久免はフッと笑います。
それから間もない満月の夜、大奥にて女の事件がござった。おさつと申す若い中臈が老女岩藤のいじめに耐えかねて、これを刺し殺したのでござる。近松の見るところ根深い欲求不満の爆発にござりまするな。誰じゃ? と暗闇を覗き込む岩藤に、短刀を出して向かってくるおさつ。転んで仰向けになった岩藤におさつは刀を振り下ろし、直後に自らの胸をついて自害します。
吉宗は大激怒で、首座のお久免らを呼び出して雷を落とします。大奥は無用の長物、将軍に恥をかかせた以上、大奥の女たちに暇を取らせると怒りは収まりませんが、女中田沢は責めは自分たちが負うので、着任早々のお久免と忠節に励む大奥下々の女たちには慈悲をと頭を下げます。人を殺しておいて何の忠節かと吉宗は田沢を睨みつけますが、平身低頭謝罪するお久免らに、吉宗は黙り込んでしまいます。
さてこの年は倹約令を始め、政治改革の効き目があってか、ようやく幕府の財政に回復の兆しが見え申した。大岡忠相は、幕府財政が上げ米投入で小康状態とはいえ、武士や百姓の困窮は相変わらずで、金銀改鋳で金蔵の安定を進言します。その場しのぎの対策はよくなく、米で安定を図るべきと吉宗は考えていますが、松平乗邑は“その考えは古い”とバッサリ。
享保10年7月28日、今度は本丸大廊下にて血なまぐさい傷害事件が起こり申した。元禄の御代に、かの浅野内匠頭の殿中刃傷事件があり、今また類似する事件の起こりたれば、吉宗公の仕置きやいかに、と幕臣一同固唾を飲み申した。吉宗は荻生徂徠と鳩巣を呼んで意見を聞きます。厳しく罰すべしと主張する徂徠、錯乱したに過ぎず善の道に導くべしと進言する鳩巣。
吉宗は論争を止め、双方の説それぞれに一理ありと頷きます。大奥に続いて表でも風紀が乱れていることは、将軍の不徳の致すところとつぶやきます。事件の2人が互いに遺恨がないことを確認し、事を荒立てる必要はないと、斬った水野忠恒を乱心とみなし、所領7万石を召し上げるだけでよいと加納久通に命じます。「老中に伝えい。切腹は無用じゃ」
吉宗公はこの年、亀戸での鷹狩りに初めて家重ぎみをお連れあそばした。さんざん駆け回った後、吉宗は疲れたかと家重を労わります。事あるときは征夷大将軍として全軍を指揮せねばならぬと教えます。吉宗は、家重が手にする長崎商人献上の遠眼鏡を借りて上機嫌です。休憩を終えまた野を駆け回る吉宗を遠眼鏡で見る家重は、空を見上げている方が性に合っています。
さればでござる。御三家筆頭の誇り高き尾張家はその後いかが相なり申したことやら。8代将軍のお世継ぎに家重ぎみが決定し、もはやどうあがいても将軍の座の奪還は望むべくもあらず。落ち目というのが恐ろしいもので、江戸市ヶ谷の尾張藩邸はこの春、もらい火にて全焼いたし申した。これに追い打ちをかけるが如く、8月8日には継友公の御簾中安己姫(あこひめ)さまがご逝去。天英院さまとの姻戚関係もプッツリと切れたのでござる。
尾張藩附家老成瀬隼人正は、命運は尽きたかとため息をつきます。附家老竹腰正武は、8代吉宗は養子だから一代限りであり、館林の松平武雅がいるとニヤリとします。しかし家重と武雅とでは天と地の差です。隼人正は、附家老は尾張藩の守護役ながら幕府から禄を食むためその意を汲むご意見番としての立場もあり、尾張が大事か幕府が大事かと思い悩みます。「我らとてこのまま朽ち果てるは武門の名折れぞ。時節を待って尾張藩附家老の面目を天下に示さねばならぬ」
さて吉宗公は、大奥の人減らしに格別の方法を編み出された。驚くなかれ見目麗しきご中臈を束ねて家臣にお下げ渡しになられたのでござる。一人ひとり、どの家臣に下げ渡されるかを久通が詠み上げますが、1人飛ばせと有馬氏倫は久通の袖を引っ張ります。自分が所望するというわけですが、なりませぬと久通は表情を変えません。「1人ぐらいよいではないか、ケチ!」
内々にお知らせ申す。『清濁太平記』によれば、これらの美女たちはみな吉宗公のお手付きでござる。いえいえ真偽のほどは近松も存じ申さず。
享保11(1726)年正月、幕府の財政は未曽有の危機を脱しており申した。吉宗公御年43歳。小石川養生所も繁盛し、菅野兼山の私塾を開きたいとの目安箱への訴えも、本所に土地を与えて会輔塾(かいゆうじゅく)を作って門人を育てています。吉宗の治世はうまく転がっていきますが、氏倫は貧乏は辛抱するが、辛抱ならないこともあると遠回しに吉宗に訴えます。
活躍目覚ましい忠相に加増があり、氏倫や久通の石高より上になりました。それが氏倫には納得できないのです。素晴らしい働きがあった者には加増するという吉宗は、氏倫は憎まれ役として庭の者を駆使して諸大名に精通し、久通は紀州の者たちをまとめ老中若年寄との折衝も目覚ましく、それぞれ1万石に加増します。「これで両人とも立派な大名じゃ。遅きに失した感はあるが、これも紀州組の因果と心得い」
鳩巣の講義の時間になっても、肝心の家重が現れず。忠光が探すと天守から遠眼鏡を手に鳥の様子を眺めていました。学問所へ行くよう説得を続ける忠光ですが、後から追ってきた信友は家重の手から遠眼鏡を取り上げ、床にたたきつけて壊してしまいます。将軍家の世継ぎたる方が玩具に気を取られ、学問を疎かにするとは! と戒めます。家重はうつむき、涙を流します。
その報告を受けた吉宗は、それでよい、と信友をかばいます。いくら将軍の世嗣と言えども、わがままを老中が叱責するのに遠慮はいらないというのです。神君家康は家臣の諫言を喜んで受けたし、家臣とののしり合ったとも聞きます。俺もそういう将軍になりたいものだ、と笑う吉宗に、信友はさらに厳しく養育に当たると頭を下げます。
家重は泣きながら、壊された遠眼鏡をどうにか直そうと苦労しています。見かねたお久免は浄圓院に相談しますが、鬼の親は仏、仏の親は鬼と諭します。世継ぎなればこそたくましく育てねばならない。「男はな、辛い思いをして一人前、情けない思いをして一人前」 障子をグーで穴をあけ、走り去ってゆく小五郎の姿に浄圓院は大笑いします。
鳩巣は、法を道徳の上に置く荻生徂徠を批判します。法では商人は堪えまいと主張する鳩巣は、西洋の『伊曾保(いそぽ)物語』を持ち出して、太陽と北風が男の来ている合羽を脱がせる腕を競った逸話を吉宗に紹介します。すなわち忠之は北風型で、権勢で抑えつけるタイプです。大名には大名の誇りがあり、商人には商人の意地があるわけで、これを蔑ろにしてとばっちりを食うのは百姓なのです。
3月4日、吉宗公はオランダ人・ケイズルの馬術をご高覧あそばし、その高等技術にいたくご感心なされた。負けじとばかりに吉宗公は3月27日、小金原のお狩場にて驚くべき規模の大狩猟を催された。参加した家臣は老中松平乗邑どのの他、若年寄3名、御用取次役2名を含め、合計2,772名。駆り出された勢子は武蔵・常陸・下総・上総の4国から、なんと168,000人。
この日の狩猟は鎌倉右大将 源 頼朝公がその昔、富士のすそ野に繰り広げた壮大な巻狩りを模して、古式豊かに行われ申した。吉宗公のいで立ちはご覧のごとく。いやもうロマンチック、ドラマチック、馬子にも衣裳、お地蔵さんによだれ掛け。日の出から日没まで山野を駆け巡って仕留めしは、鹿470頭、猪12頭、狼1頭。この日吹っ飛んだ費用が大枚5,000両!
寝所で休む吉宗のもとに現れた白寝巻姿の女性は竹姫でした。どうしても吉宗に会いたい一心で来たと竹姫はいたずらっぽく笑います。吉宗が竹姫を御台所に所望したとうわさで聞き、それからというもの寝ても覚めても吉宗のことばかり考えてしまい、抱いてくださいませ、と吉宗に迫ります。天英院に叱られた手前、逃げ回る吉宗ですが、竹姫はしっとりと近づき、吉宗を追い詰めていきます。
作:ジェームス 三木
音楽:池辺 晋一郎
語り・近松門左衛門:江守 徹
題字:仲代 達矢
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西田 敏行 (徳川吉宗)
小林 稔侍 (加納久通)
山田 邦子 (浄圓院)
すま けい (有馬氏倫)
羽賀 研二 (徳川継友)
阿部 寛 (松平乗邑)
津嘉山 正種 (荻生徂徠)
寺田 農 (成瀬隼人正)
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黒木 瞳 (お久免)
森口 瑤子 (竹姫)
草笛 光子 (天英院)
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橋爪 功 (室 鳩巣)
中谷 昇 (安藤信友)
石立 鉄男 (水野忠之)
滝田 栄 (大岡忠相)
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制作統括:高沢 裕之
演出:尾崎 充信
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』
第36回「女難の相」
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