« 大河ドラマべらぼう -蔦重栄華乃夢噺-・(37)地獄に京伝 | トップページ | プレイバック八代将軍吉宗・(38)風雲児宗春 »

2025年10月 2日 (木)

南ケ丘線 (22)番ヒストリー「南ケ丘48」・第17回 需要と供給

前回は、『駅から100円・駅まで100円』サービスをからめながら、運賃制度をさらりと……いや、けっこう深掘りしました。実は運賃制度はとても面白いもので、本音としてはもっともっと深掘りしたかったのですが、読者の皆様はたぶんそこまでの情報を求めてないと思いまして、自粛しましたw

4月25日に始めたこのシリーズも、ここまで第0回~第16回の17回つづってきました。だいたいは記事を公開してから次の回の文章の組み立て、使う資料などを作成し、まぁここまでは2日程度でできるのですけど、サブタイトルでいつも頭を悩ませていまして、決定するまでに12~13日ほどかかるので、結果的に2~3週間かかってしまうという現状です。

本当はそこまで悩む必要はないのですけど、なんかこだわってしまうのですよね。まぁそれはそれとして(笑)、今回は第17回です。いよいよゴールが見えてきましたが、もう少しだけお付き合いいただければと思います。前回が運賃制度というコアな部分に触れましたので、今回はダイヤについて淡白に(?)記していきたいと思います。よろしくお願いいたします。

 

どうしても手元に「総合時刻表」や「配布用ポケット時刻表」などの類いが資料としてないと語れないバス本数ですが、そういう意味でいまKassyが語れる最古のものは、第5回「バス路線の作り方」でご紹介した、西鉄二日市や県立武蔵台高校への乗り入れが始まった昭和56(1981)年12月25日改正分です。南ケ丘線(22)番関係の路線に限定すると、バス本数は以下のようになります。

【下り】計42本

  • 下大利駅→南ケ丘七丁目→平田→福農前 22本
  • 下大利駅→南ケ丘七丁目→平田→杉塚→西鉄二日市 16本
  • 南ケ丘七丁目→平田→杉塚→西鉄二日市 3本
  • 福農前→杉塚→西鉄二日市 1本

【上り】計42本

  • 西鉄二日市→杉塚→武蔵台高校 1本
  • 西鉄二日市→杉塚→武蔵台高校→平田→南ケ丘七丁目→下大利駅 1本
  • 西鉄二日市→杉塚→平田→南ケ丘七丁目→下大利駅 17本
  • 西鉄二日市→杉塚→平田→南ケ丘七丁目 1本
  • 福農前→平田→南ケ丘七丁目→下大利駅 22本

続いてランダムに、天拝坂団地内 全開通した後の平成7(1995)年12月1日改正のバス本数は……。

【下り】計25本

  • 下大利駅→南ケ丘四角→平田→杉塚→西鉄二日市 5本
  • 南ケ丘四角→平田→杉塚→西鉄二日市 1本
  • 下大利駅→南ケ丘四角→平田→天拝坂第三 4本
  • 下大利駅→南ケ丘四角→平田→天拝坂→西鉄二日市 15本

【上り】計25本

  • 西鉄二日市→天拝坂→平田→南ケ丘四角→下大利駅 16本
  • 天拝坂第三→平田→南ケ丘四角→下大利駅 4本
  • 西鉄二日市→杉塚→平田→南ケ丘四角→下大利駅 5本

続いて「西鉄二日市から100円バス」サービスが終了した直後の平成22(2010)年3月27日改正のバス本数は……。

【下り】計25本

  • 下大利駅→南ケ丘四角→平田→天拝坂→西鉄二日市 25本

【上り】計25本

  • 西鉄二日市→天拝坂→平田→南ケ丘四角→下大利駅 25本

そして現在。令和7(2025)年4月1日改正のバス本数は……。

【下り】計7本

  • 平田→天拝坂→西鉄二日市 7本

【上り】計7本

  • 西鉄二日市→天拝坂→平田 7本

とバス本数が推移していきました。そういった感じでバスダイヤをつぶさに調べ、曜日ごとに推移をグラフ化したものが以下になります。
凡例として、赤帯は「下大利駅~福農前」、緑帯は(南ケ丘四角発着などの区間便を含む)杉塚経由の「下大利駅~西鉄二日市」、青帯は区間便含む天拝坂経由の「下大利駅~西鉄二日市」、紫帯は「平田~西鉄二日市」です。左端の日付は「ダイヤ改正日」だったり「調査日」だったりです。

Yi2501 Yi2502 Yi2503

ちなみに紙面の都合上(?)、下り便のみ掲載しました。土曜日ダイヤに関しては、西鉄バスとしては平成4(1992)年4月1日から導入されていますが、この(22)番に関して導入がかなり遅れていまして、平成8(1996)年までは平日ダイヤ、平成13(2001)年以降は土曜日ダイヤでグラフ化していますのでご注意を。

こうしてみると、初めのころは全便で40本前後運行されていた(22)番も、時刻で見れば多少の変動はありつつも、便数で25本固定で設定という時期がけっこう長く続きました。およそ四半世紀という長期間です。その間だけでも維持していただけたということは、地元民としては感謝しかありません。お酒飲んで遅く帰ってきた日など、よく利用していました。ありがとうございます。

現在は7本という、まさに“風前の灯火”状態ですが、そこがまさに“需要と供給”なのでしょうか。まぁ減便された理由が、乗客減、経費上昇とともに乗務員不足もあるらしいので、需要が減ったから供給も減らしたとは言い切れない部分はあるかもしれません。(供給を減らしたから需要を減らさざるを得なくなった)

ダイヤを解析していきますと、(22)番だけでもいろいろな行先が散見されます。思いつくままに「下大利駅」「南ケ丘七丁目(現・南ケ丘四角)」「福農前」「西鉄二日市」「武蔵台高校」「天拝坂第三」……。ほかに、あえてシリーズで触れなかった行先として、サティ(イオン)乗り入れ前の時代に「大野城市役所」ゆきが短期間あったことだけ、記しておきたいと思います。確かあれは……日祝日の昼すぎに1本だけ? Kassyのほかに、そのダイヤを目撃した方がもうおひとりいらっしゃるので、間違いはないと思いますw

|

« 大河ドラマべらぼう -蔦重栄華乃夢噺-・(37)地獄に京伝 | トップページ | プレイバック八代将軍吉宗・(38)風雲児宗春 »

バス・電車」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 大河ドラマべらぼう -蔦重栄華乃夢噺-・(37)地獄に京伝 | トップページ | プレイバック八代将軍吉宗・(38)風雲児宗春 »