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2026年5月25日 (月)

プレイバック独眼竜政宗・(29)左遷

【アヴァン・タイトル】

山形県米沢市で、毎年5月に繰り広げられる「米沢上杉まつり」。今年は『独眼竜政宗』にちなんで、伊達政宗役の渡辺 謙さんも参加した。

政宗が生まれ育った米沢城は今も深い緑に包まれ、公園として市民の憩いの場となっている。敷地内には政宗時代から人々を見守ってきた樹齢500年の樅の木があり、梢を風にそよがせている。政宗が勉学に通った資福寺は仙台に移され、今はない。杉木立の中に、父輝宗の墓が残っているだけである。政宗が骨折の傷を癒した小野川温泉。小野小町が開いたと伝えられるこの湯は、今も共同浴場として人々に愛用されている。

伊達家を200年余りの間にわたって育んだ米沢。政宗はこのふるさと米沢の風土と人々を、こよなく愛していたに違いない──。


天正19(1591)年6月、伊達政宗は大軍を率いて大崎葛西地方になだれ込み、宮崎・佐沼の2城を落とします。前に「鶺鴒(せきれい)の眼(まなこ)」のからくりで九死に一生を得た政宗にとって、再び起きた一揆の完全鎮圧こそ関白豊臣秀吉の信用を回復する唯一の手段だったのです。母保春院(お東の方)が伊達に嫁いだときに、山形最上家から付き従った山家国頼ほか、多くの名のある武将をこの戦いで失いました。

7月、羽柴秀次と徳川家康は秀吉の命を受け、知行割り決定のため奥羽へ下り、8月、政宗の元へ、伊達の手柄を褒める秀吉からの朱印状が届きます。政宗は褒めるなら所領を増やせとイライラしますが、まずは秀吉の信用を回復することが第一と片倉小十郎がなだめます。そして小梁川泥蟠斎は、政宗側室の猫御前(飯坂局)が懐妊したと報告します。

京の伊達屋敷では、嫡男をあげるという猫御前を喜多が口外しないようたしなめます。さまざまな思惑の者がいて、伊達の崩壊を狙う輩に命を狙われるかもしれないというのです。ならば私を粗略に扱うてはならぬと猫御前は大きく出ますが、父は政宗、正室は愛姫であり、伊達嫡男は愛姫の子となると喜多は諭します。腹を痛めた和子(わこ)を人手に取り上げられてなるものかと喜多を追い出してしまいます。

愛姫と対面した北政所(ねね)は、自身でも愛姫のように側室淀君に嫡男が産まれた経験から、愛姫の心の苦しさ虚しさは分かっているつもりです。お家の安泰にとってはめでたいことだし、2人も“おかかさま”がいて幸せだと励まします。そこに前田玄以が、北政所に淀城に向かうよう伝言します。なんでも鶴松の容態が著しく変わり、北政所は血相を変えて出立の準備にかかります。

8月5日、かねて病弱であった鶴松丸は、淀城に置いてむなしく息を引き取ります。秀吉は50歳を過ぎてやっと儲けた一粒だねを失ったのです。亡骸を囲み、無言の淀君です。秀吉は、罪があるなら自分にその罪をくれと涙にくれます。北政所がようやく淀城にたどり着きますが、間に合いませんでした。打ち覆いをめくった秀吉は、笑うておる! と号泣します。その死に顔が、淀君の涙をより激しいものにします。

傷心の秀吉は、翌日東福寺に入って髻(もとどり)を切り落とします。側近の武将たちもこれに倣い、髷を切って喪に服します。秀吉は、神仏に今までどれだけ尽くしたか知れないのに、この歳になって初めて授かった鶴松を失い、女々しい天下人を笑えと自虐します。頭の中で黄金の雲がよぎり、“今まで誰もしたことがないでかい供養”をすると宣言します。「出兵の支度をせい。朝鮮国を手に入れ、かの地を足場に明の国へ攻め入る。諸大名に出兵の支度を命じろ!」

 

浅野長政は、佐沼城の政宗を訪れ鶴松丸死去を伝えます。殿下のご心痛いかばかりかとお悔やみを述べる政宗に、石田三成は伊達・蒲生の知行郡分けについて、大崎葛西の旧領を伊達新領とし、代わりに柴田・宮城・黒川のみを残して他6郡を召し上げ、蒲生氏郷に遣わすと発表します。6郡のうち伊達郡は祖先墳墓の地であり、米沢は代々居城で、到底納得できる内容ではありません。

この上意は家康発案と長政に聞き、政宗は旧大崎領の岩手沢城に滞在している家康に、その真意を尋ねます。かつて家康が父祖伝来の三河から江戸に移った時のように、大崎の耕地に手を入れれば100万石になるし、東に海、西に金山と、富は無尽蔵と挑むような目です。さらに米沢を与えられた氏郷は、北へ北へと追いやられて文字通り左遷の扱いなのです。政宗は腑に落ちないながらも一応は引き下がります。

佐沼城に戻った政宗は、岩手沢城に移ることを決断します。城も人も、菩提寺を含む神社仏閣に至るまで、伊達家にゆかりのあるものはことごとく岩手沢に移すつもりです。不満が噴出する家臣たちですが、一番にはらわた煮えくりかえっているのは殿だと成実がなだめます。政宗は、取り乱す秀吉に代わる次の天下人は秀次と見て、その絆を大切に保って時節を待つのが得策と家臣たちを諭します。

秀吉の、鶴松を失った落胆はすさまじく、関白太政大臣にもなってなぜこんな目に遭わなければならないのかと背中を向けます。そっと寄り添う北政所は、秀吉にゆっくり休むよう促して寝かせます。

そのころ秀次は、九戸政実(くのへ まさざね)討伐から凱旋の途中に山形城に立ち寄っていました。最上義光と正室大崎御前の娘である駒姫11歳が舞を披露します。秀は義光が家康と昵懇にしていることが気に入らないようで、これからは自分を頼りにせよと駒姫を上洛させるよう義光に命じます。「お駒は相違なくおそばに差し上げまする。ただし両三年のご猶予を。諸事万端の支度を致させとう存じまする」

 

天正19年初頭、政宗は家臣一同を引き連れて米沢城を立ち退きます。米沢城は天文17(1549)年、政宗の祖父・伊達晴宗が移り住んで以来、43年の間伊達家の居城でした。米沢からは大町・立町(たつまち)・東町・大学町・柳町・新町(あらまち)の6町が町ぐるみで移住し、新しい城下の商人町を構成します。また成島八幡宮をはじめ、資福寺・輪王寺・昌伝庵なども移されます。

政宗は移転と同時に、岩手沢城を岩出山城と改めます。政宗にとっては受難続きの天正19年でしたが、やっと暮れ近くになって一つの朗報がもたらされます。猫御前が男子を出産したのです。第一子を産んだのは柴田郡にある家臣村田宗殖(むねふゆ)の居城でした。政宗は子を失った秀吉に遠慮して、猫御前を宗殖に預けていたのです。政宗は初めて人の親になったと喜びを噛みしめます。「俺は負けんぞ。誰にも負けはせんぞ!」

 

脚本:ジエームス 三木
原作:山岡 荘八「伊達政宗」
音楽:池辺 晋一郎
タイトル刻字:長 揚石
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[出演]
渡辺 謙 (伊達政宗)
三浦 友和 (伊達成実)
西郷 輝彦 (片倉小十郎)
竹下 景子 (喜多)
桜田 淳子 (愛姫)
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奥田 瑛二 (石田三成)
陣内 孝則 (羽柴秀次)
樋口 可南子 (淀君)
林 与一 (浅野長政)
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語り:葛西 聖司 アナウンサー
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八千草 薫 (北政所)
原田 芳雄 (最上義光)
秋吉 久美子 (猫御前)
津川 雅彦 (徳川家康)
勝 新太郎 (豊臣秀吉)
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制作:中村 克史
演出:樋口 昌弘

 

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』
第30回「伊達者」

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