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2026年6月 3日 (水)

プレイバック独眼竜政宗・(30)伊達者

【アヴァン・タイトル】

政宗が居を構えた岩出山。その城跡は白いセメントの政宗像が静かに町並みを見守っている。だが、この政宗像、激動の昭和史をもまた見つめてきたのである。昭和10(1935)年、一体の政宗騎馬像が死後300年を記念して、仙台城天守台に据えられた。だが昭和19(1944)年、この騎馬像に一枚の召集令状が届く。軍事用の金属回収である。仙台城には主のいない台座だけが残った。

台座の上に政宗が帰ったのは、昭和28(1953)年。しかし物資窮乏の折から、復員したのは白いセメントの政宗像であった。昭和39(1964)年、ようやく現在の政宗騎馬像が復元される。白いセメント像のほうは仙台から岩出山へと移り、人々の熱い歓迎を受けた。折しも翌日は東京オリンピック開幕。政宗死後、330年が経とうとしていた──。


天正19(1591)年の暮れ、新たに居城とした岩出山城で伊達政宗と家臣たちは政務をとります。豊臣秀吉が号令した朝鮮出兵に関して、伊達家の割り当ては1,500ですが、“音に聞こえし伊達武者これにあり”と心意気を示すため、少なくとも倍の3,000人は連れていきたいと政宗は平田重信に伝えます。所領も石高も減らされて物入り続きのこの時に、兵糧弾薬の補給もままならないと重信は愚痴をこぼします。

伊達成実は、長年にわたり忠勤に励んできた自分や片倉小十郎、鬼庭綱元が知行割りで下位に置かれ、代わって一門首座に外様の石川昭光を置いたことが不満です。昭光は政宗の父伊達輝宗や家臣留守政景の弟にあたり、叔父を首座に置くというのであれば政景が先だと主張するのです。政宗は、政景は伊達の家臣で、昭光は石川家の養子にして一国の領主であり、家格が異なると諭します。

昭光は芦名や佐竹に味方して伊達を攻めたという過去があり、敵を一門の首座に置くというのが我慢がならない成実です。ただ郡山では和睦を仲介し、石川や田村が小田原へ参陣しなかったのは政宗が止めたからで、領地没収の憂き目をそれで返したいという思いが政宗にはあります。小十郎になだめられた成実は「譜代の家臣はみな憤っておる。俺が言わねば誰が言うのだ」と冷静です。

開けて天正20(1592)年、すなわち文禄元年の正月。岩出山城は出陣の支度で慌ただしくなっていました。上洛・出陣の祝いの品が政宗に届けられます。誰からだ? との問いに、重信はさも言いにくそうにしていて、代わりに小十郎がお東(保春院)からと答えます。受け取るいわれはなく、山形へ送り返せと政宗は命じますが、祝いの品を贈り返すのは縁起が悪いと重信は躊躇します。

実は小十郎にお東からの書状が届けられ、贈った西陣珍品の小袖を愛用し、そのお礼がしたためられていました。いぶかる政宗がいろいろ考えを突き詰めていくと、お東に小袖を送ったであろう人物に思い至ります。部屋を出る政宗を追いかけて重信は贈り物を持っていきますが、障子にひっかけて落としてしまいます。箱の中には白い数珠が入っていました。政宗は何も言わず、数珠を拾い上げて出ていきます。

正月5日、政宗は再び上洛し、途中柴田郡の村田宗殖(むねふゆ)の居城で、初めて我が子と対面します。政宗は猫御前を労わり、朝鮮出兵の折から「兵五郎」と名付けます。学問の師に虎哉和尚を呼び戻そうと言い出し、まだ早いと宗殖に止められます。そこに浅野長政から早馬が到着し、秀吉が関白を辞しその座を秀次に譲ったと知らせが入ります。秀吉は太閤と名乗って唐御陣の先頭に立つつもりのようです。

 

聚楽第の伊達屋敷に、秀吉側近・稲葉是常坊が訪れていました。愛姫に憑く悪いキツネを落とす祈祷をすると言ってきたのです。喜多はそれは口実に過ぎず、秀吉の色好みで側に侍らせるつもりと考え、一存で伏見御殿には側室の藤姫が送り込みます。秀吉はのぞき穴から藤姫を見て、尻や肩を撫でまわし、言葉巧みに寝所へ連れ込んでしまいます。

伊達屋敷に入った政宗は、お東に小袖を送ったのが愛姫と知り、慮外者と咎めます。喜多はさらに“殿の逆鱗に触れる一件”として昨晩の件を打ち明けます。聚楽第に行って秀吉から藤姫を取り返して来いと命じる政宗に、喜多は成敗して首を秀吉に届けるよう言い出し、その物言いがおこがましいのだ! と政宗の怒りに油を注いでしまいます。

伊達家の身上と藤姫を秤にかける──秀吉の怒りを買えば伊達家は滅亡してしまいます。それが分からないようでは天下を目指す器とは言えないと喜多に言われ、政宗は刀を抜きます。愛姫は慌てて止めに入り、親心の諫言と説得します。政宗は刀を収めますが、京を去り在所で閉門蟄居せよと処分します。“ふたりの弟”小十郎と綱元に、異国では飲み水に気を付けるよう注意して、喜多は伊達屋敷を去ります。

聚楽第に上がった政宗は、関白となった秀次と対面します。まるでたがが外れたような秀次は、側室お万といちゃつきながら、自分の器の小ささを卑下します。そばに控える木工助(もくのすけ)の顔を見た政宗は、かつて弟小次郎の傅役だった粟野藤八郎と気づきます。秀次は奥州の諸事情に詳しく知恵者でもある藤八郎を召し抱え、木工助と改めさせたのです。秀次は政宗に木工助を許してやれと助言します。

ちょうどそのころ、小次郎のもう一人の傅役であった小原縫殿助(ぬいのすけ)は、猛吹雪の中を舎那山長谷寺に向かっていました。これまで信夫郡興福山法華寺に祀っていた小次郎の遺骸を、今回の国替えにより法華寺が蒲生領となったため、お東の密命によって改葬の地を求めてここまで来たわけです。ちなみに政宗からは七代までの勘当を言い渡されており、政宗には許可を得てはいません。

和尚としても困惑しきりですが、縫殿助の心情にほだされた住職は、遺骨に供養を施し長谷寺の東方にある右念山の山頂に埋葬します。数日後、縫殿助は和尚に感謝の言葉を書き残し、追い腹を切ります。

 

朝鮮出兵の先陣をまず切ったのは九州勢でした。小西行長、加藤清正、黒田長政らの率いる53,000の大軍がすでに海を渡っていました。続く西国勢を加えれば、遠征軍は158,000にも膨れ上がります。後続軍として肥州名護屋の本営に集結し、船出の沙汰を待つ近畿・東方の諸軍勢101,000、さらに予備軍58,300、水軍9,200……成実は、日本が空になると笑います。

その中で伊達勢は3月17日に京を出立して名護屋へ向かうことになっています。前田利家、徳川家康、佐竹義宣が同行です。わずか3,000名では見劣りすると、政宗は遠藤文七郎に紺屋(こうや)、仕立て屋、飾り職人を呼ばせ、軍装を整えさせます。「思いきり奇抜なからくりで、3,000の兵を3万にも見せてくれようぞ」

伊達屋敷では兵士のファッションショーが始まり、政宗は一つひとつ注文をつけます。伊達勢はいずれも黄金・白銀・朱色・黒塗りで派手に飾り立て、あるいは毛皮・クジャクの尾まであしらうという絢爛華麗ないで立ちとなりました。出陣を見送る都の群衆は度肝を抜かれ、“これぞ伊達よ、伊達者よ”と賛辞を惜しまず、後々までの語り草としたのでした。

話を聞いた白髪染め中の秀吉は、愉快そうに笑います。きらびやかなこと毘沙門天のごとく、傾奇者(かぶきもの)のようでもあります。秀吉は政宗を側に置いていくよう長政に命じます。「あれほどの飾りをこたびの朝鮮の戦で泥まみれに致すは惜しい」と、ルソン、安南、天竺の時に連れて行くまで、とっておくつもりです。秀吉がキョロキョロするものだから、家臣が誤って秀吉の顔に染め粉をつけてしまいます。

4月22日、政宗は肥前西松浦の名護屋城に到着します。秀吉も諸大名の着陣を見て、4月末には名護屋城に入ります。秀吉の渡海は明国の憎しみをあおり、援兵を繰り出してくると長政は危惧しますが、それこそ秀吉の狙いです。ただ玄界灘は波荒く異国風土も厳しく、秀吉の身体に負担が大きすぎると、出馬に難色を示します。帝からも止めるよう言われていて、秀吉は“年寄り扱いしくさって!”と反発します。

この諫言により秀吉の船出は延期され、予備軍の名護屋逗留は長引きます。政宗と小十郎が見守る中、秀吉は伊達一の上手とされた綱元と将棋を指します。飛車落ちを勧める政宗に、秀吉は自ら駒を引き、3手先指しを条件に出します。言われるままに頷く綱元ですが、7六歩→3三飛→5一金とあっという間に金を取って、政宗と大笑いします。

そこに秀次から火急の書状が届きます。じっと書状を読んでいた秀吉は、「京へ戻る……京へ戻らねば……」と立ち上がった瞬間、卒倒します。秀吉の母・大政所危篤の知らせでした。政宗は母に贈られた白い数珠を片手に、夕暮れの玄界灘を見つめていました。

 

脚本:ジエームス 三木
原作:山岡 荘八「伊達政宗」
音楽:池辺 晋一郎
タイトル刻字:長 揚石
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[出演]
渡辺 謙 (伊達政宗)
三浦 友和 (伊達成実)
西郷 輝彦 (片倉小十郎)
竹下 景子 (喜多)
桜田 淳子 (愛姫)
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陣内 孝則 (豊臣秀次)
林 与一 (浅野長政)
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語り:葛西 聖司 アナウンサー

秋吉 久美子 (猫御前)
勝 新太郎 (豊臣秀吉)
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制作:中村 克史
演出:吉村 芳之

 

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』
第31回「子宝」

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