プレイバック独眼竜政宗・(31)子宝(こだから)
【アヴァン・タイトル】
天下統一を終えた秀吉の次の目標はアジアであった。中国・インド・フィリピンを征服し、都を北京に遷(うつ)して天皇を迎える。この途方もない計画の第一歩が、朝鮮出兵であった。日本軍は最大16万の兵力をもって、7年もの間 朝鮮の国土を蹂躙(じゅうりん)した。これは我々の認識をはるかに超える大戦争であり、朝鮮半島の人々の胸には今もなお、生々しい悲劇として記憶されている。
文禄元(1592)年4月、全国から30万の軍勢が肥前名護屋に結集。西国勢を中心とする第1陣が海を渡った。日本軍は漢陽すなわち今のソウルと平壌を落とし、8月には朝鮮半島の大半を支配したかに見えた。しかし12月末、明の援軍10万が駆けつけると形勢は逆転。日本軍は漢陽に退却して防戦一方となった。さらに朝鮮の水軍は半島南岸の制海権を奪い、名護屋~釜山間の補給路を脅かした。
第2陣の出発命令が下るのはいつか? 政宗は歴史の巨大な渦に巻き込まれて、ただ待つしかなかった──。
名護屋城の伊達陣所では、いつ海を渡れるのだと伊達成実が苛立ち、片倉小十郎がなだめます。豊臣秀吉は大坂から黄金の茶室をそっくり移し、毎日茶会の有り様です。成実は、伊達政宗がそんな秀吉の指図を受け追従をするのか不満です。遠藤文七郎が出奔したと知らせが入ります。国許には奥方もいるのに、文七郎は村娘ハツと恋に落ちたのです。文七郎は家来たちに見つけられ、政宗の前に連行されます。
文七郎といえば遠藤基信の子で、宿老の家柄です。陣中における逃亡は大罪ですが、戦いで殺す相手には親も子もいて、殺し合いは嫌だと主張します。国元で留守居衆や民が食う者も食わず食料を送り、戦に勝てば恩賞を受けて国元が潤うわけで、政宗の下、一心同体であれと小十郎は諭します。政宗は心の迷いは誰にでもあると帰参の上陣中の乱れを立て直すよう命じ、父基信の功績に免じて咎めないこととします。
明けて文禄2(1593)年4月、伊達勢は釜山に上陸します。しかしすでに日本軍の兵力は半減し、食糧不足に悩み極めて危険な状態でした。正親町上皇が崩御し、精進潔斎(けっさい)すべきところを、関白豊臣秀次は鶴を食したと呆れる秀吉は、秀次に関白の器量があるのかと淀君に問われても、秀次以外に世継ぎがいないと嘆きます。「おります。神仏に祈り続けた甲斐あって、和子か姫かは分かりませぬが……」
聚楽第でどんちゃん騒ぎの秀次ですが、淀の方が名護屋から帰参するので広島まで迎えの衆をよこすよう秀吉からの上意があったと粟野木工助が伝えに来ます。「淀の方はご懐妊の由にござります」との言葉に、真顔になる秀次です。先ほどまでお酒も入ってかなりご機嫌だったのに、自分の身を危うくするかもしれないと、投げやりに笑い続けます。
5月、政宗は朝鮮の戦場から保春院に手紙を出します。明国との和睦もならず、仕方なく海辺付近に城を築き、籠城もやむを得ないとありますが、『母上より賜りし水晶の数珠を抱きて、異国の地に骨をうずむるやもしれず』とあり、内容はともかく“母上”と呼ばれたことが、保春院には喜びです。保春院は御佐子(おちゃこ)に、ありったけの金子を朝鮮へ届けるよう命じます。
伊達勢は釜山の西方、晋州城の壮烈な攻防戦に参加していました。この時29歳の原田左馬助は風土病にかかってしまい、意識がもうろうとしていて、成実の命で運び出されます。後の世に“伊達騒動”の主人公となった原田甲斐は、この左馬助の孫にあたります。
明の大軍が南下し、加藤清正が難儀しています。秀吉は時が来れば勝つと対して気にしませんが、そこに蒲生氏郷が吉報を届けに来ました。8月3日、大坂城で淀君が嫡男をあげたというのです。秀吉は喜びのあまり戦の指揮も忘れて、名護屋から大阪へ舞い戻ります。赤子を大事に抱き上げた秀吉は、その名を「お拾(ひろい)」と決めますが、その溺愛ぶりに不安になる北政所です。
再び政宗から保春院宛てに書状が届きます。金子と書状への感謝と、朝鮮からの引き上げの報告がつづってありました。御佐子は過去の忌まわしい出来事も水に流して対面が叶うと喜びますが、保春院は首を横に振ります。会えば忘れていた憎しみが戻ってくるだろうと、保春院のほうから望むことではないと考えているのです。保春院は政宗の心細さ辛さを思い、涙を流します。
京に戻った政宗は、明で手に入れた茶碗で愛姫の茶を飲み干します。優れた窯、眼を見張る焼き物、他国を甘く見てはいけないと政宗はつぶやきます。そういう素晴らしい文化を持つ国が、やすやすと明け渡すわけがないのです。その意味では今回の秀吉による朝鮮出兵は、30万という大軍が尻尾を巻いて引き揚げた事実から“明らかなしくじり”と断じます。
秀吉の命により、諸大名と家族は京に屋敷を持ち、国許に帰参するにも許しを得なければならなくなりました。当分岩出山城には帰れそうもありませんが、それを逆手にとって政宗は、嫡男兵五郎を京に呼び寄せたいと愛姫の考えを尋ねます。愛姫には異存はありませんが、母親の猫御前も呼ぶのかと逆に聞かれます。政宗は「さあそれは……どうしたものか」とはぐらかします。
比叡山で鷹狩りを行う秀次が嵯峨野まで戻って来ました。自分が“殺生関白”と呼ばれたことに腹を立てる秀次ですが、比叡山は仏徒の霊地であると氏郷はなだめ、秀吉の逆鱗に触れているからと詫びを進言します。秀次は秀吉が拾丸を愛おしいから自分のことが憎いのだと卑下し、同行する最上義光も政宗と仲が悪いだろうと指摘しますが、義光は笑って否定し、政宗は無言を貫きます。
関白と太閤とどっちが偉い? と秀次は三者を試すように尋ねます。氏郷は、関白は政のすべてを行う最高役職、太閤は関白を辞任した尊称と模範解答ですが、そうであれば関白のほうが上だと秀次は結論付けます。「では尋ねる。太閤が関白の座を奪おうとしたら……それはまさしく反逆だと思うが?」 秀次は、いざとなれば奥州に立てこもり、氏郷、義光、政宗たちを頼るつもりだと、冗談半分です。
秀次のためにはせ参じると表明した義光は、2年前に約束した駒姫のことを持ち出されます。まだ13歳だと大崎御前は難色を示しますが、駒姫は最上家のために秀次の元に上がると答えます。話を聞いていた保春院は、駒姫の立派な覚悟に笑顔を見せ、もし不都合があれば伊達屋敷の愛姫を頼れと言葉を送ります。間もなく駒姫は上洛し、秀次の側女(そばめ)に差し出されます。秀次は歓喜のあまり声が上ずります。
明けて文禄3(1594)年2月、政宗の第一子・兵五郎が聚楽第の伊達屋敷に到着します。しきたりによって猫御前は岩出山城に残されます。兵五郎は愛姫から挨拶を受けますが、母の姿がありません。岩出山からの道中で、傅役の蔦は愛姫が新しい母だと教えていたようですが、近づきもしなければ言葉も交わさず、蔦の陰に隠れます。
別室で祝いの膳を支度していると、小十郎・蔦・兵五郎が部屋を出ていくと、愛姫が言いにくそうに政宗を見つめます。政宗は何を恐れているのか、この期に及んでの逃げ口上は許さないと警戒態勢をとりますが、「甚だ申し上げにくうござりますが……実は……みごもりました」 政宗は大騒ぎし、15年も経って身ごもるとはと愛姫を抱き上げて大喜びします。
2月末、秀吉は吉野山に秀次一族と諸大名を招き花見を催します。前田利家が花咲か爺の扮装をし、風流じゃの、と北政所もご満悦です。淀君も少年の、氏郷も瓜売りの格好で花見を楽しみます。山伏の格好をした政宗と小十郎は、秀次と思って気さくに声をかけた相手が三成と知り、たちまち不機嫌になります。
立ち去ろうとする政宗を呼び止め、息子を関白の近侍に差し出すという噂の真偽を尋ねます。先々のことだからまだ何も決めていないと否定する政宗ですが、関白の風聞極めて芳しからずと三成は助言します。「御曹司を差し出す時は、お拾どののおそばがよいぞ。何ならこの三成が、推挽の労をとってもよいぞ」と耳打ちする三成に、イラッとした政宗は即座に断ります。
政宗は花見の歌会でもずば抜けた才能を示します。これらの和歌は、秀吉の心の琴線に巧みに触れ、その立場を密かに労わっていることが注目されます。
同じくは
あかぬ心に 任せつつ
散らさで花を 見るよしもがな
遠かりし
花の梢も 匂うなり
枝に知られぬ 風も吹くらん
南蛮人の格好に扮した秀吉は、「むねまさ……う……めしのた(政宗、楽しめ)」というように逆さ言葉で楽しみ、それに気づいた政宗も逆さ言葉で返します。逆さと言いながら、秀吉の言う“まさむね”の部分は正しく逆さになっていないのですが、誰一人として指摘はしません。それよりも、やましいことをしているからか、秀次が参加していないのが秀吉には不満です。北政所は不安げな表情を浮かべます。
後日、秀吉は秀次を呼びつけます。秀吉が秀次に与えた訓戒(武門の心がけ、法度でひいきするな、朝廷に奉公せよ、平生のたしなみを慎め)について、守れているか問い詰めます。秀吉は、秀次が立派な関白になるよう祈願し続け、日本を5つに分けた4つは秀次に、残り1つはお拾にとまで考えているのに、言いつけに背くとは言語道断なのです。「人を殺せば秀次、己も死ぬぞ。わしを怒らせるな。ええか」
香道をたしなむ政宗に、成実はそろそろ国元に戻って弓や鉄砲の訓練に精を出すべきと忠告します。家中の若手も政宗の真似をしている有様です。これからの武士はたしなみが肝要で、成実の考えは古いと一蹴します。そこに愛姫が出産したとの知らせが入りますが、姫と聞いて政宗はがっかりします。「まずは祝着、おめでとうござる。武芸を蔑ろにした報いじゃ」との成実の言葉に、政宗はムッとします。
6月16日、愛姫は京都聚楽第の伊達屋敷で女の子を産みます。政宗は愛姫を労わり、生まれたばかりの我が子をそっと見つめます。
脚本:ジエームス 三木
原作:山岡 荘八「伊達政宗」
音楽:池辺 晋一郎
タイトル刻字:長 揚石
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[出演]
渡辺 謙 (伊達政宗)
三浦 友和 (伊達成実)
西郷 輝彦 (片倉小十郎)
桜田 淳子 (愛姫)
音無 美紀子 (蔦)
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奥田 瑛二 (石田三成)
陣内 孝則 (豊臣秀次)
樋口 可南子 (淀君)
林 与一 (浅野長政)
大木 実 (前田利家)
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語り:葛西 聖司 アナウンサー
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八千草 薫 (北政所)
原田 芳雄 (最上義光)
岩下 志麻 (保春院)
勝 新太郎 (豊臣秀吉)
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制作:中村 克史
演出:吉村 芳之
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』
第32回「秀次失脚」
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