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2026年7月10日 (金)

プレイバック琉球の風 -DRAGON SPIRIT-・(05)南海の密約

薩摩坊津(ぼうのつ)で、島津義久と謝名親方が会見を行います。慶長4(1599)年3月3日に前田利家が没し、徳川家康と石田三成の雲行きが怪しくなっているのです。ゆくゆくは天下を分けた戦いになるかもしれません。戦になったら薩摩はどちらの味方をするのか謝名は義久に尋ねますが、義久はそれには答えず、家康が三成に勝って天下人になったら困ると告げます。

家康をはじめとする五大老が義久に対し、海賊禁止令を出したという噂があると謝名が持ち出します。その禁止令の書状は5日前に届いて誰の目にも触れていないのに、なぜそんな内部情報を琉球の謝名が知っているのかと義久や清水半蔵は身構え、誰から聞いた? と問い詰めますが、義久はそこまで追及することもなく、謝名の隠密は島津のみならず家康のそばにもいるらしいの、と大笑いして済ませます。

囚われの身の明国将軍茅国科(ぼうこくか)について、家康の命に従って義久が丁重に明へ送り返せば、明は家康に謝礼船を送り貿易を認めるかもしれず、貿易で利益を得てきた琉球や薩摩には死活問題です。一方、命に従わず送り返さなければ、家康は大軍を持って薩摩に攻め込んでくるに違いありません。金がなく戦が出来ない薩摩は茅国科を明へ送り返すが、謝礼船を海賊に襲わせて沈めると義久は言い出します。

思わず笑ってしまう謝名ですが、謝礼船は1艘に150人の軍隊が乗っており、通常2艘で来るので300人です。海賊に襲わせて海底の藻屑とするには不可能な人数です。怒った義久は、武力は薩摩で用意するから琉球は明国の情報を探り、知恵を出すよう求めます。明国が消えたら琉球もなくなるわけで、義久は謝名が断らない、いや断れないと思っています。「それでもお断り申し上げたら……生きては帰しませぬか」

楊 邦義は謝名と楊 啓泰を自分の家に案内します。迎える清水 富は、啓泰の名字を聞いておおよその察しがつきます。邦義は、息子である啓泰を富に会わせたくて連れてきたと打ち明け、母親と離れ離れになって育ってきた啓泰にうまいものを作ってやってくれと頭を下げます。「いいえ……よくお連れくださいました。心のうちを話してくださって、嬉しく思います」

謝礼船が来ないことを祈るだけだ、とため息をつく謝名の横で、啓泰は琉球が生きていくには道は一つ、家康への謝礼船を沈めるべきと主張します。ふざけたことを言うな! とカッとなる邦義ですが、ふと我に返って謝罪します。邦義は謝礼船に乗る300人の明人を皆殺しにするのかと冷静に尋ねますが、明国に臣下の礼を取ってきた琉球を差し置いて家康が漁夫の利を取るのは許せないという立場です。

返答になっていません。邦義が聞きたいのは、人間の命を何だと思っているのかということです。謝礼船の乗組員300人には親も兄弟も、女房も子どももいます。そんな一人ひとりには赤い血が流れている。啓泰は生きている人間を殺せるのか。しかし啓泰は、琉球に住む10万の民のことしか考えられていないかもしれません。そんな親子喧嘩を、膳を運んできた富と美矢が黙って聞いています。

夜、富と並んで寝る邦義は、自分が医者だからどこの国出身かは関係なく人間の命を大事にしたいとつぶやきます。邦義のポリシーも啓泰の考えに苛立ちを覚える思いも、富には痛いほどによくわかります。一方、謝名と並んで寝る啓泰は、邦義が自分や啓山とゆかりのある人なのか、思い切って謝名に尋ねますが、謝名は何も答えてくれません。

 

首里城に戻った謝名は、義久から朝鮮出兵時の軍役の未払い分を早く届けるようにと言われたと尚寧王に報告しますが、謝名がごまかして自分に隠しているのはお見通しです。茅国科将軍を明へ送り返す話は、と苛立ちながら促しますが、謝名は返答を繰り返すばかりです。胃のあたりが痛むのか、尚寧は顔をゆがませながら謝名に「下がれ」と命じます。

入れ替わりに啓泰が尚寧に呼ばれますが、すれ違いざまに謝名に、薩摩でのことは一切言わないようにと口止めされます。予想通り、啓泰も薩摩のことを尋ねられますが、口止めされている以上何も言うことができません。フッとため息を漏らした尚寧は、王妃の母上(尚永王妃)にいつもの薬を用意してもらうよう、啓泰に伝えさせます。

尚永王妃が薬研(やげん)を使って粉末にしていると、尚寧王妃が不機嫌そうに近づいてきます。なぜ尚寧の用を母が!? 王は自分をお嫌いなのでは!? と不満げです。城を辞した啓泰は、啓山に父が薩摩で生きていると伝えます。啓山は阿紀や羽儀、奇羅波丸を見つめ、彼らも孤児だし自分たちも孤児として育ってきたから、兄貴さえいてくれたら(父はいらない)と笑って帰っていきます。

謝礼船襲撃は謝名を先頭に若者たちだけで実行する予定です。謝礼船が来るのは1年後、明人の犠牲者をなるべく少なくしたい謝名は、あらかじめ内通者を謝礼船に潜り込ませる計画です。震天風には若者の実践訓練を始めるよう伝えますが、震天風は「たとえ琉球のためでも、私に明人は殺せません」と断り出ていきます。自分の術を人殺しの道具として使われるのに納得がいかないわけです。

それと入れ替わりに軍陀利が飛び込んできます。啓泰と啓山の父が薩摩で生きていると巴知羅(はちろう)に教えてもらったのです。なぜ兄弟に会わせてあげないのかとすごい剣幕です。自分も孤児だっただけに、兄弟にはそんな思いをさせたくないのです。「親方(うぇーかた)の政って何なんですか。人を幸せにすることじゃないんですか。琉球のためなら何をしてもいいんですか。そのためなら人を騙したり人を不幸せに……」

夜、謝名は啓泰と啓山を呼び、父親のことを黙っていたのは間違いだったと非を認め謝罪します。啓山は自分たちを利用してきたのかと反発します。啓泰は阿紀に、父親が見つかってよかったと言われます。自分たちがいるじゃないかと励ます啓泰ですが、阿紀は啓泰がうらやましいとつぶやきます。阿紀の両親はマカオの海の底に沈んでいるのです。阿紀は啓泰を見つめ、涙を流します。阿紀が王妃のもとに上がり、羽儀は奇羅波丸に会いに行くよう促しますが、不機嫌そうに三線を弾いて羽儀を躍らせます。

──1600(慶長5)年8月、茅国科を乗せた船が薩摩の坊津から明国の福建へ向かいました。その船には義久のお抱え商人鳥原宗安が、明国に宛てた徳川家康の親書を携えて乗っておりました。

その親書には、豊臣秀吉亡き後の日本の事情が詳しく書かれていました。家康は内大臣となり、豊臣秀頼を補佐して政を行っている。家康は秀吉とは異なり、日本と明国の平和な交わりを願い、正式な貿易を切実に望んでいる……。

──関ヶ原で天下分け目の戦いが起こったのは、それからわずか1ヶ月後のことでした。家康はその戦いで大勝利を収め、念願の天下人になりました。この戦いで薩摩は敵の西軍に味方をしたため、家康の逆鱗に触れたのでした。

義久は家康からの度重なる上洛命令を病気を理由に拒み続け、薩摩国から一歩も出ようとしません。業を煮やした家康は薩摩に兵を差し向け、両軍は全面衝突の危機に立ちますが、義久は家康に書状を送り、明国から謝礼船2艘が来ることを見据え、いま薩摩を攻めれば明国との仲介を拒むと脅迫します。家康は“寒くなるから”というわけのわからない理由で全軍に撤退命令を発します。

 

1601(慶長6)年5月、首里城に登城した謝名は尚寧とその弟・摂政尚宏に、家康への謝礼船2艘が明国福建を出港したと報告します。茅国科を送り届けた恩を感じた明国皇帝は、これから毎年2艘の貿易船を送る約束を家康と取り交わすらしいという情報もあります。こういうことになるまで、三仕官や謝名たちは何をしていたのだと尚寧は叱責します。尚宏は、謝礼船は絶対に来させてはならないと謝名に命じます。

硫黄鳥島では琉球の若者たちが武術の特訓を受けています。謝名はよくぞここまでと育ててくれた巴知羅に礼を言いますが、巴知羅が指さす先には震天風の姿がありました。「私がここにいるのは親方のためじゃない。若者たちを無駄死にさせたくないからだ」

特訓の合間には、爆薬を作るための硫黄を採掘します。硫黄が立ち込める中で、啓泰や奇羅波丸はゲボゲホいいながら作業を続けます。啓山は名護良寧や浦添百千代とサボっていて、巴知羅に叱られます。爆薬の試作品が完成し、試しに導火線に火をつけて見ますが、爆弾は想定以上に爆発し、若者たちは大喜びです。そんな中、邦義がやって来ました。父の来訪に、啓泰と啓山は戸惑います。

夜、謝名と邦義、震天風と巴知羅の4人で作戦会議です。薩摩軍が謝礼船と戦っている間に、琉球軍は謝礼船の船尾に近づいて、謝名が仕込ませた内通者と協力して爆薬を仕掛け、操縦できないようにする。乗組員や積み荷のことは薩摩の仕事で、琉球には関係ない。震天風の作戦を一通り聞き終わってから、邦義は謝名を見据えます。「今からでも遅くはございません。人殺しはやめたらどうですか」

謝名は、琉球王国を守る、謝礼船を許せば琉球はなくなるという立場です。邦義は、国がなくても人間は生きていけると主張し、両社は平行線のままです。“国と両親を失った啓泰と啓山は命がけで琉球に帰ろうとした”から琉球王国はなくしてはいけない、のか? “啓泰と啓山は明国にいても立派に生きていけた”のか?

「無責任なことを言うな! 人間は、国がなければ生きていけん。その大切な国を自分たちの手で守らなくて、一体だれが守るんだ!」「啓泰と啓山は琉球に帰ってきたがために、そのためにあと5日後に殺されるかもしれません! 琉球王国とあなたのような人間が、若者たちを殺そうとしたんだッ!」

朝を迎えました。邦義は啓泰と啓山を呼び、今回のことは自分で決めたのか尋ねます。啓泰は即答しますが、啓山は啓泰に“ただの訓練だから”と騙されて連れて来られたようです。啓泰と啓山も、考え方は謝名と邦義と似ていて、琉球王国がどうなってもいいのかと啓泰が言えば、国なんてなくなってしまえばいいんだと啓山が返し、殴り合いの喧嘩になります。「よさんか! よさんか! やめろ!」

兄弟はどちらも、琉球王国を愛しています、と泣きじゃくります。「それでいい……死ぬなよ。2人とも死んじゃいかん。必ず生きて帰ってこい。そして3人でまた、あの美しい日の出を──」

 

脚本:山田 信夫
テーマ曲:谷村 新司 「階(きざはし)」・挿入歌「バサラ」
語り:北林 谷栄
音楽:長生 淳
題字:水谷 勇夫
原作:陳 舜臣
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[出演]
東山 紀之 (啓泰)
渡部 篤郎 (啓山)
原田 知世 (阿紀)
工藤 夕貴 (羽儀)
清水 宏次朗 (奇羅波丸)
ショー・コスギ (震天風)
間 寛平 (巴知羅)
毬谷 友子 (軍陀利)
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富司 純子 (尚永王妃)
永島 暎子 (清水 富)
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寺田 農 (清水半蔵)
室田 日出男 (島津義久)
三木 のり平 (高翔)

沢田 研二 (尚寧王)
江守 徹 (謝名親方)
萩原 健一 (楊 邦義)
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制作:音成 正人
制作著作:NHK
共同制作:NHKエンタープライズ
制作統括:高沢 裕之
制作協力:NHKアート
    :NHKテクニカルサービス
演出:吉村 芳之

 

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『琉球の風 -DRAGON SPIRIT-』
第6回「愛の女たち」

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