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2026年7月29日 (水)

プレイバック独眼竜政宗・(38)仙台築城

【アヴァン・タイトル】

人口71万の仙台市。ここで開催されている『未来の東北博覧会』。数々のパビリオンとイベントに人気が集まり、入場者数は200万人を記録。73日間の会期もあとわずかになった。こちらはおなじみの七夕。杜の都・仙台は、通商交通の要としてますます発展を続けている。

その出発点はやはり伊達政宗にある。政宗はここに巨大な城と城下町を造った。関ケ原の合戦に大勝し、天下を掌握した徳川家康はただちに論功行賞を開始した。家康に従った東軍の諸将がそれぞれ大幅に加増されている中で、政宗はなんと2万石しか加増されていない。これは政宗が南部領の和賀一揆を支援したことへの罰であった。この時の60万石が、400年後、71万人の大都市となったのである──。


慶長6(1601)年10月、伊達政宗は徳川家康の新しい本拠地・伏見城に入ります。新しく立てている千代(せんだい)城が山城と聞いて、家臣の足腰を鍛えるためと答える政宗は、平時でも合戦に備えて徳川のために働く気概が肝要と胸を張ります。近く江戸から政を行う予定の家康は、妻子は言うに及ばず、政宗自身も江戸に残ることを求めます。

伏見の伊達屋敷に入った政宗は、愛姫と虎菊丸、五郎八姫と対面します。健気に挨拶をする子どもたちを膝の上に乗せ、千代城の作りと町並みを説明します。政宗と2人になった愛姫は、和田忠親との一件のことを尋ねますが、家康からは何のお咎めがなかったと拍子抜けです。ただ、百万石を棒に振り、伏見から東には行くなとくぎを刺されている中で、愛姫はいつもそばにいてほしいとうつむきます。

猫御前(飯坂局)は権八郎を政宗に見せ、伊達秀宗と対面させます。落馬したことで秀宗の右頬に怪我があり、傅役(もりやく)が叱られます。猫御前は秀宗を早く家康に対面させるよう求めますが、家康は機嫌を損ねていて今はその時期ではありません。松平忠輝と婚約した五郎八姫の縁組も破談になる可能性があり、宇喜多秀家の娘を受ける予定だった秀宗の縁談も白紙に戻った状態のまま、徳川の姫をもらうという猫御前の目論見も叶いそうにありません。

政宗は密かに茂庭綱元の屋敷を訪れ、預けていた側室香の前に会います。政宗は香の前に、又次郎を連れて千代へ向かえと命じます。禁足となった政宗はしばらく奥州へ戻れず、いま京を脱出できるのは2人だけです。仮に伊達家滅亡となっても、又次郎を伊達家再興の要とできるわけです。暮れ近くになり、香の前と又次郎は千代へ旅立ちます。千代には留守居役として綱元がいるため、それを頼ります。

 

明けて慶長7(1602)年正月、政宗は家康に無断で大坂城に赴き、豊臣秀頼に謁見します。家康よりも先に秀頼に謁見したことを淀君は評価します。政宗が城を立てていることは豊臣方にも知れていて、家康が横やりを入れて普請を止めさせるという噂も政宗に伝えますが、本当であれば家康とひと合戦の覚悟と胸を張ります。淀君は、政宗が三成に味方していればと残念がります。

伏見城に入った政宗は、黙って秀頼に謁見したことを柳生宗矩に詰問されますが、家康が行った領土仕置きは豊臣家名代としてであり、その宗家に賀詞を述べてどこが悪い? と開き直ります。蟄居を命じられたわけでもなく、いちいち行先を話題にされては迷惑と言わんばかりです。家康はとても腹を立てていると言われても筋違い甚だしく、政宗は「これが伊達流」と宗矩を押し切ります。

対面に現れた家康は、やはり秀頼に謁見したことが気に入らないようです。どうにもならない鼻っ柱の強さを持つ淀君に、家康はため息をつきますが、政宗はやがて関白になる秀頼へ会いに行くことを進言します。家康は2月になってからやっと大坂城を訪れ、秀頼に新年の挨拶をします。淀君を始め秀頼の側近たちは、家康に対する高姿勢を変えません。

関ヶ原の勝者が大坂の女狐に化かされて手詰まり状態であることに、伊達成実は呆れます。秀頼に義理立てしつつせっせと朝廷の機嫌を窺い、時節到来を待つようです。豊臣恩顧の大名は次々と大坂を見限り徳川方になびいていて、秀頼が裸同然になるのも時間の問題です。そんな折、家康は二条城築城と伏見城修築を諸大名に命じますが、千代城築城を遅らせてはならないと厳命します。

ところが家康は、徳川体制を強く天下に誇示するため、江戸城の周辺に大名屋敷を作り始めます。政宗は秀宗を名代として江戸に派遣することにします。虎菊丸は伏見に残ると知り、親子が離れるのはもうこりごりという猫御前は、秀宗とともに江戸へ行くことを宣言します。6月、猫御前は秀宗と権八郎を伴って江戸へ向かいます。

政宗は、千代城が落成し普請成就のために帰国の許しを求めます。徳川への遠慮として天守閣造営を控え、江戸には総領秀宗を差し出し、伏見には嫡男虎菊丸を置いていくのです。それでも家康は、家康に対して遠慮があるなら、まずは江戸屋敷に入るのが順序だと眉間にしわを寄せます。10月、政宗は家康に随行して江戸へ下り、家康三男・徳川秀忠に謁見します。

完成したばかりの伊達江戸屋敷に入る政宗と成実、片倉小十郎ですが、徳川のおひざ元とあって成実は感嘆の声を上げます。政宗は家康の狙いが見えてきたようです。秀頼に関白にして大坂に閉じ込める。江戸に大名を集めて政の実権を握る。天下を奪うのではなく懐に転がり込むように仕向けているのです。家康と一戦交える時のために、小十郎を白石城に、成実を亘理城に入れて領内の治世を引き締めさせます。

 

慶長8(1603)年2月12日、朝廷は家康を征夷大将軍に任命します。これは武家政治を目指す家康が、名実ともに最高権力者の座に就いたわけです。一方で家康は秀頼を内大臣に推挙し、その妻として孫娘・千姫を送り込んで大坂方の懐柔を図ります。その夏、政宗の江戸屋敷を大久保長安が訪れます。長安は家康六男・忠輝の附家老で、金山銀山経営に造詣にも深く、佐渡奉行も兼任しています。

金銀を上手に使いこなせる人物が日本には少ないと愚痴を吐く長安ですが、政宗を黄金づかいの達人と立てます。そんな長安の用向きは、五郎八姫の婚儀を進めるためです。政宗は、手かせ足かせを掛けておきながら縁組は進めるというのは納得できません。千代に帰国を許可しない限り、五郎八姫は断じて忠輝にはやれないと言い張ります。

家康から政宗の帰国はいつでも自由だとお達しがあり、8月、政宗は小躍りするように千代へ乗り込みます。待ちに待った領主の帰還で千代城は大いに湧き立ち、普請成就の祝宴が幾晩も続きます。政宗は和歌を詠んで、千代という文字を『仙臺』に改めます。唐の詩『仙遊観』に「仙臺ノ下ニ見ル五城楼」という言葉があり、伊達家の繁栄を未来永劫続くように願って、そこから採用したのです。

入りそめて
 国豊かなる みぎりとや
  千代とかぎらじ 仙臺の松

五郎八姫の縁談も重なり、徳川の親戚になることでさらに安泰と定綱は喜びますが、あくまでも徳川の親戚であって家来ではないと政宗は忠告します。政宗は家臣たちに、二の丸・三の丸はもとより堀を広げて橋を架け、石を積んで天下一の名城を築かねばならないと発破をかけます。城内には神社仏閣、米や金や馬も増やし、町場には市が立ち人が集まり、京 大坂や江戸に負けない賑わいを──「俺はこの地に、壮大な都を築き上げようぞ!」

脚本:ジエームス 三木
原作:山岡 荘八「伊達政宗」
音楽:池辺 晋一郎
タイトル刻字:長 揚石
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[出演]
渡辺 謙 (伊達政宗)
三浦 友和 (伊達成実)
西郷 輝彦 (片倉小十郎)
桜田 淳子 (愛姫)
寺田 農 (大内定綱)
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樋口 可南子 (淀君)
谷 啓 (今井宗薫)
石橋 蓮司 (柳生宗矩)
榎木 孝明 (大野治長)
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語り:葛西 聖司 アナウンサー
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金田 龍之介 (大久保長安)
秋吉 久美子 (猫御前)
津川 雅彦 (徳川家康)
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制作:中村 克史
演出:木田 幸紀

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』
第39回「五郎八、嫁ぐ」

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