カテゴリー「「篤姫」」の57件の記事

2008年12月28日 (日)

(51-5)総集編・第五部 無血開城 〜天樟院、大奥激動〜

(44)龍馬死すとも
 徳川家茂(松田翔太)のいなくなった大奥は寂しさに包まれていた。跡を継いだ徳川慶喜(平岳大)は京にあり、薩摩長州との戦いに備えている。天璋院(宮崎あおい)は、主のいない大奥の危機をひしひしと感じていた。
 一方、小松帯刀(瑛太)は西郷吉之助(小沢征悦)、大久保一蔵(原田泰造)とともに岩倉具視(片岡鶴太郎)の元にいた。岩倉は、幕府を武力で倒すべきと主張。それに同意する西郷と大久保に、帯刀は衝撃を受ける。帯刀は坂本龍馬(玉木宏)から和をもって幕府を倒す大政奉還(たいせいほうかん)の策を聞き、その実行を決意。諸侯の集まる会議の席で、政治を幕府から朝廷へと返す大政奉還の意義を熱弁する。
 慶喜が政権を返上するとの知らせが届いた大奥は動揺する。天璋院もどうして良いか分からない。そんな中、庭田嗣子(中村メイコ)が倒れ他界し、静寛院(堀北真希)は深い悲しみに包まれる。
 帯刀は薩摩へと帰る数日前、龍馬と日本の未来について語りあっていた。しかし薩摩に帰った帯刀の元に届いたのは、龍馬暗殺の知らせだった。天璋院は勝(北大路欣也)から大政奉還の意味と、それに命をかけた龍馬の存在を知る。そして、ある決意を大奥の皆の前で語り始める……。

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(51-4)総集編・第四部 徳川の母

(30)徳川の母
 次期将軍となる紀州慶福(松田翔太)が江戸城に入り、名を家茂と改める。家定(堺雅人)を失った天璋院(宮崎あおい)は家茂の後見役となることに希望を見出す。一方、大老・井伊直弼(中村梅雀)は、一橋派らを次々と弾圧し始める。世に言う「安政の大獄」のはじまりである。家茂は井伊の方針に疑問を感じ、天璋院に相談しようとする。家定から家茂を後見するようにと遺言された天璋院は素直に喜ぶが、井伊は天璋院が幕政に関与することを嫌い、さらには西郷吉之助(小澤征悦)の居場所を問いただす。
 ついに京を追われた西郷と月照(高橋長英)は薩摩に逃れるが、すでに藩の実権を掌握していた島津斉興(長門裕之)は二人を捕らえる。小松帯刀(瑛太)と大久保正助(原田泰造)は西郷と月照を逃がそうとするが、二人は帯刀らに迷惑がかからないようにと海に身を投げてしまう。西郷は助かるが、奄美に送られることになる。
 そのような中、幾島(松坂慶子)は天璋院の将軍後継争いに敗れた責任を負って、大奥を去りたいと申し出る。

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2008年12月27日 (土)

(51-3)総集編・第三部 天樟院篤姫 〜夫婦愛〜

(23)器くらべ
 篤姫(宮崎あおい)に対してうつけのふりをすることをやめた徳川家定(堺雅人)ではあったが、他の人々の前ではあいかわらず奇行を繰り返していた。家定から一橋慶喜(平岳大)を将軍にする意思はないと断言された篤姫は、慶喜を推す島津斉彬(高橋秀樹)の思いを考え、激しく悩んでいた。
 この頃、アメリカ総領事ハリス(ブレイク・クロフォード)は、家定との面会を要求する。強硬に反対していた徳川斉昭(江守徹)が幕政から退いたことにより、幕府はついに、ハリスに江戸城登城、家定への謁見を許可する。斉昭という大きな後ろ盾を失った篤姫にとって、慶喜将軍擁立はさらに困難なものとなる。斉彬の命令を守ろうと必死の幾島(松坂慶子)に迫られ、篤姫は、慶喜を跡継ぎにと家定に願う。しかし家定から、自分が会ったこともない者を将軍に推せんするのはおかしいと諭される。
 そこで篤姫は、慶喜と紀州慶福(松田翔太)の両方に会い、自分の目で二人の器量を確認しようと考える。まず大奥に慶喜を招くが、慶喜からはいっこうに覇気が感じられず、とらえどころがない。次に、篤姫は慶福と会う。慶福のりりしい姿に、篤姫は素直に魅了される。ところが、慶福が口にした菓子には毒が入っていた……。

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(51-2)総集編・第二部 大奥入城

(13)江戸の母君
 徳川将軍家の御台所になるべく、篤姫(宮崎あおい)は、まずは船で大坂に向かった。荒い波にもまれ激しい船酔いに苦しむなかで、篤姫と幾島(松坂慶子)は、お互いの絆(きずな)をさらに深めあった。
 途中、京都の近衛忠熙(春風亭小朝)にあいさつに行く。そこで幾島は、家祥(堺雅人)は公家の娘を正室にするという噂があると老女・村岡(星由里子)から聞き、大いに驚く。ようやく江戸に着いた篤姫らは薩摩藩邸に入るが、斉彬の正室であり形式上は篤姫の母となった英姫(余貴美子)と会えない日々が続く。
さて、江戸城では、徳川斉昭(江守徹)が、篤姫を大奥に入れることに反対を示し、老中・阿部正弘(草刈正雄)らを困らせていた。一方薩摩では、肝付尚五郎(瑛太)が江戸に行きたいと願っていた。しかし、島津斉彬(高橋英樹)に選ばれ江戸へ向かうことになったのは西郷吉之助(小澤征悦)であった。尚五郎は意気消沈するが、お近(ともさかりえ)から、薩摩でしか出来ないことをすべきではないかと励まされる。
 とうとう篤姫は、英姫との対面がかなう。しかし、英姫は、篤姫ごときが御台所になれるわけがなく、すべては斉彬の妄想だと冷たく言い放つのであった……。幾島は、事の真相を突き止めようと決意する。

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2008年12月26日 (金)

(51-1)総集編・第一部 御台所への決心 〜薩摩、青春の日々〜

(1)天命の子
 黒船来航にはまだ20年近くも前の天保6(1835年)年。桜島を間近にのぞむ鹿児島は、藩主の跡継ぎ島津斉彬(高橋英樹)の初めてのお国入りに沸き立つ。そんな中、島津家の分家の一つである今和泉島津家に、待望の女の子が生まれる。父の島津忠剛(長塚京三)と母・お幸(樋口可南子)は、長女の幸せを願い一(かつ)と名付ける。のちの天璋院篤姫である。於一は、病弱な兄たちとは違い、かなりおてんばで好奇心旺盛な、そして心優しい娘に育っていく。
 やがて時が経ち、薩摩藩は家老・調所広郷(平幹二朗)の指揮の下、厳しい財政改革に励んでいた。藩の役所で農政を担当していた西郷吉之助(のちの隆盛/小澤征悦)は、農民たちの苦しい生活を目の当たりにし、人望厚い忠剛に訴えに来る。しかしそれが調所の耳に入り、忠剛は農民に対して手ぬるいとして処分を受けることになる。於一(宮崎あおい)は、領民思いの父親が責めを負うことにどうしても納得できない。そこで、親しくなっていた同じ年の生まれの肝付尚五郎(のちの小松帯刀/瑛太)とともに無謀にも調所邸に乗り込み、なぜ調所が過酷な政策を続けるのかと問いかけるのであったが……。

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2008年12月22日 (月)

vol.47 篤姫

◆舞台の時代

[平安][鎌倉][室町][戦国][江戸初期][江戸中期][幕末][近代][昭和]

天保6(1836)年〜明治16(1883)年


◆放送データ

  • 放送期間:平成20年1月6日〜12月14日(全50回)
  • 毎週日曜 午後8時〜8時45分
    (1) 天命の子 は午後8時〜9時
    (50) 一本の道 は午後8時〜9時10分
  • 初回視聴率:20.3%
  • 最高視聴率:29.2%
  • 平均視聴率:24.5%

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2008年12月14日 (日)

(50)一本の道 [終]

今日は『篤姫』最終回!
なので、『その時歴史が動いた』風にお届けします(^ ^)


人間のドラマ。
それを人は歴史と呼びます。

決断の時、
決行の時、

人は何を考え、
どのようにして動いたか。

その歴史の決定的瞬間を取り上げます。


そしてみなさん、いよいよ「その時」がやってまいります。

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2008年12月 7日 (日)

(49)明治前夜の再会

天樟院は、
200年以上も続いた大奥の歴史を閉じるという
重要な役目を背負うことになりました。

江戸城明け渡しの日が近づき、
大奥内は引っ越し作業でおおわらわ。

大奥の女中たちも、
実家へ戻るなり他家へ奉公するなりが決定し、
天樟院に御暇の挨拶に訪れています。

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2008年11月30日 (日)

(48)無血開城

西郷吉之助は、何としても江戸城攻撃を成し遂げる覚悟ですが、
昔見たような、情熱あふれる姿のままだと読み取った天樟院は、
「まだ(戦をしない)望みはある」と、
呼び出した勝 麟太郎に対して語っています。

それに対して、勝はあっけなく一蹴します。


天樟院は、幾島にも相談を持ちかけますが、
「西郷を動かせるのは、薩摩のお殿様しかおられませぬ」と
ポロリとこぼしますが、

天樟院にとっては、それが最大かつ最高のヒントになります。

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2008年11月23日 (日)

(47)大奥の使者

錦の御旗──。

その錦の御旗を掲げた反幕府勢力。
それを見て、ひるむ幕府軍。

将軍・徳川慶喜が江戸城に逃げ帰ってきたという報を受け、
大奥内は大騒ぎしています。
本寿院は「慶喜の首を差し出せぇ!」と
目をまん丸くしての狂乱状態であります。

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2008年11月16日 (日)

(46)慶喜救出

年は明けて慶応四(1868)年。
大奥に於いて、天樟院と静寛院は
寂しい年明けを迎えております。

天樟院は「ワタクシも、好きにはなれませぬ」と
徳川慶喜の陰口を叩いております。
それは静寛院にとってはちょっと驚きだったようですが、
徳川軍と薩摩・長州軍が戦にならないように
祈ることしかできません。


ちょうどその時、慶喜は大坂城にあって、
薩長軍に対して出陣しようとしています。
ただ、粛々と行動することによって、
薩長の者たちをすくみ上がらせ、戦は避けたい意向です。

ちなみに、征夷大将軍として
薩長討伐を朝廷に願い出る用意周到さはあります。
慶喜としては、朝廷を当てにしているようです。

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2008年11月 9日 (日)

(45)母からの文

およそ260年間続いた徳川政権を
あっけなく朝廷に返上した徳川慶喜でしたが、
所領400万石という数字から、
他大名からみても、依然勢力を誇っていると言っても
過言ではありません。


天樟院の「皆を守って参る」という決意で、
大奥にも落ち着きを取り戻しつつあります。
それだけに、大奥の者たちの
天樟院に対する依存度が高いものとなっています。

今、下界ではどのような動きになっているのか?
大奥内にいれば、それがさっぱり分かりません。
重野は「小松帯刀様にお聞きになっては?」と
天樟院に提案しますが、天樟院自身は首を縦に振りません。

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2008年11月 2日 (日)

(44)龍馬死すとも

慶応3(1867)年6月16日。

大奥では、恒例行事である「御嘉祥」が行われています。
大奥メンバーの一人ひとりに嘉祥菓子が配られ、
疾病よけと健康招福を祈る、というもの。

主・徳川家茂を失った大奥は、
その寂しさをひしひしと感じています。
この「御嘉祥」によって、寂しさを
少しでも紛らわせる意味合いのようです。

嘉祥菓子を配る役目の本寿院は
「本来は御台所の役目であろうが!」と
不満をたらたら漏らしていますが、

そのころの天樟院は
別室で田安亀之助と対面しています。

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2008年10月26日 (日)

(43)嫁の決意

将軍・徳川家茂、薨去──。

わたしは……何事かをなし得たと言えるであろうか?
男として……何かを……。

海舟 勝 麟太郎の胸に抱かれて、
家茂は旅立ちました。

「何をする気もせぬ……」

すっかり、脱力感の天樟院ですが、
それでも、和宮の身を案じています。

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2008年10月19日 (日)

(42)息子の死

将軍自らが出陣しようとしている「長州征伐」。
まさにその折、舞台地の長州と薩摩が手を組み、
「薩長同盟」を結びます。

その同盟の立役者、坂本龍馬は
京の寺田屋で襲撃され──。
薩摩の小松帯刀がその急報を聞き、
介護を受けている京の薩摩藩邸にかけつけます。

当分は、龍馬・お龍夫妻をかくまうため、
小松は夫妻を薩摩に招待することにします。
有名な話ですが、これは日本で最初の
“新婚旅行”だと言われています。

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2008年10月12日 (日)

(41)薩長同盟

「将軍である私が行けば、長州はすぐにでも降伏するでしょう」
将軍・徳川家茂による、長州征伐です。

その長州藩を必要としているのは、
まぎれもない薩摩藩でした。
お互い、倒れかかっている幕府を立て直す同志として
ともに手を携えて改革を断行したいわけです。

とはいえ、「蛤御門の変」で対決して以来、
両藩の溝はことのほか深く──。

その溝を埋めるべく登場するのが、
土佐脱藩の浪士・坂本龍馬と、薩摩藩家老・小松帯刀。
この二人の行動が、幕府と天樟院の立場を
窮地に追い込むことになります。

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2008年10月 5日 (日)

(40)息子の出陣

元治元年の春。
大奥では将軍・徳川家茂と和宮の仲睦まじい様子を見て
天樟院は微笑ましく感じています。

もし二人に子供が授かったのならば、
「おばあさまになるのですね!」と重野が言うと、
それはそれで少しショックを受けている天樟院です。

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2008年9月28日 (日)

(39)薩摩燃ゆ

攘夷──。
外国を武力によって排除しようとする動きであります。

攘夷推進派の孝明天皇に、攘夷はできないことを伝えるために
江戸城を出発して京に向かった将軍・徳川家茂。
その決意を褒め讃えた天樟院の“母の心”と、
待つしかない和宮の“妻の心”が、
複雑に絡み合い、容易にほどけなくなっています。

いつぞやの、本寿院の“母の心”と、
篤姫(天樟院)の“妻の心”と同じでありますが、
そのことに、天樟院は気付いていません。

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2008年9月21日 (日)

(38)姑の心 嫁の心

薩摩藩士がイギリス人を殺傷した
「生麦事件」の急報が届いた大奥。

イギリスから、幕府に、そして薩摩国に
賠償金の支払い要求がきております。
それぞれ10万ポンド、25万両だそうです。

そんな折、小松帯刀から天樟院宛に書状が届きます。
「不運な事故」だという小松に、やはりか、という顔の天樟院。

それを知った上で、幕府も薩摩も共に謝罪し、
賠償金を支払うべきだと主張する天樟院ですが、
幕府老中たちは、支払う必要はないと考えています。
支払うべきはむしろ、薩摩ではないかと。

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2008年9月14日 (日)

(37)友情と決別

島津藩主・島津忠義の実父に当たる島津久光が、
帝の使者(勅使)を伴って江戸へやって来ました。

その狙いは幕府改革でありまして、勅使の持つ勅状には
 その一、将軍・徳川家茂が上洛すること
 その二、薩摩ら有力諸侯が国政に参加すること
 その三、一橋慶喜を将軍後見職、松平春嶽を大老に任じ、
  両者の幕政登用をはかること
が書いてあります。

勅使下向は、江戸城大奥の和宮ら京方の勢いを
増長させることになっていますが、
天樟院は、その動きにそっと釘を刺すべく、
和宮の元を訪れています。

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2008年9月 7日 (日)

(36)薩摩か徳川か

大奥内の江戸方と京方の対立は依然として続いていたが、和宮(堀北真希)と家茂(松田翔太)の仲は日増しに深まり、天璋院(宮崎あおい)は安堵していた。
庭を散策している天樟院ですが、
家茂と和宮が庭を眺めながら歓談している様子を見て
微笑ましく感じつつも、「野暮はできぬ」と
その場をそっと立ち去ります。

そんな折、島津久光が数千の兵を率いて、
薩摩を出発したという報が大奥にもたらされました。
外様大名が大軍を率いて上洛し、
朝廷の勅許を得た上で幕政改革に乗り出す、というのは
江戸開幕以来初めてのことであります。

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2008年8月31日 (日)

(35)疑惑の懐剣

なんとか無事に終えた徳川家茂と和宮の婚儀ですが、
京方と江戸方で、いろいろと衝突を繰り返しておりまして、
穏やかな日は、なかなか来そうにありません。

江戸城大奥の、毎朝恒例!
先祖代々の位牌に手を合わせるお祈りタイムも
和宮はスルーしてしまい、
久々に登場の本寿院は、
「姑の教育が悪いのかの」と皮肉たっぷりです。

そんな時、滝山が天樟院に
“初のお渡りの日、和宮が胸元に刀を忍ばせていたのでは?”
という疑惑があることを告白します。
これにはさすがに驚きを隠せない天樟院ですが、
滝山が直接訪ねて、聞いてみることにします。

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2008年8月24日 (日)

(34)公家と武家

いよいよ、和宮の江戸行きが近づいています。

天樟院は、京の都から将軍御台所となる和宮のために
自らの居室を明け渡し、畳や襖に至るまで新調させ、
和宮を迎える準備を万端に仕上げています。
公家で育った和宮が、武家の江戸で暮らす際の不安を
最大限に取り払って、盛大に迎えてあげようという
天樟院なりの気遣いであります。

その完璧さに、申し分なく頷く天樟院でしたが、
朝廷は、和宮下向に際しての五箇条の要求を突きつけ、
それを受け取った天樟院は、とまどっています。

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2008年8月17日 (日)

(33)皇女和宮

天樟院は居室で、幾島から贈られた桜島の掛け軸を
またまた眺めています。

しかし、薩摩を思い出せば
大老・井伊直弼の命を奪った一部の者が
薩摩志士であった事実に行き着いてしまい、
少なからず衝撃を受けている天樟院であります。

井伊の突然の死は、幕府にも天樟院にも大きな痛手ですが、
天樟院は、そんな井伊の後を受け継いで
幕府のために働こうと意を決します。

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2008年8月10日 (日)

(32)桜田門外の変

幾島が大奥を去る日がやってきました。
「そなたが嫌いであった」
「私も、あなた様にはほとほと手を焼きました」
お互いに微笑みあいます。

幾島は、桜島が描かれた掛け軸を
天樟院にプレゼントします。
懐かしさのあまり、天樟院は
掛け軸に駆け寄ってじっくりと眺めていますが、
思えば、島津宗家の養女となった日から、
幾島とともに歩んできた日々でありました。

脇に控える重野は、幾島の役目を引き継いで
天樟院付の御年寄として務めることになります。

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2008年8月 3日 (日)

(31)さらば幾島

天樟院の居室に、
彼女が着た打ち掛けが広げられてたくさん並べられています。
天樟院としては、次々と去りゆく女中たちに
形見分けとして与えたいそうです。

女中の一人が、ある打ち掛けを目につけるや否や、
幾島は血相を変えて「下げ渡すわけはなかろう!」と
怒鳴り散らします。

それは、天樟院が篤姫と名乗っていた頃、
家祥(後の家定)に嫁ぐ際に身にまとっていた打ち掛けなので、
天樟院にとっては、それはそれは大切なものなのですが、

だとしても血管を浮かばせて怒る幾島に
「そこまで怒らずともよいではないか」と天樟院はなだめています。

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2008年7月27日 (日)

(30)将軍の母

次期将軍となった紀州慶福が江戸城に入り、
名を「家茂」と改めます。
ここに14代将軍・徳川家茂の誕生であります。

天樟院となった篤姫は、亡き夫・家定からの
「慶福の後見をせよ」という遺言があり、
その務めを立派に果たそうと希望を見いだしていますが、
大老・井伊直弼から適当にあしらわれていることを幾島に指摘され、
顔を曇らせています。

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2008年7月20日 (日)

(29)天樟院篤姫

将軍・家定の死を突如知らされた篤姫は
ハリスとの会見を無理に勧めたり、
将軍の後継者争いに巻き込んでしまったことで
病弱な家定の命を短くしてしまったのではないかと
激しく自分を責めています。

幾島や滝山は、篤姫に
何とか元気になってもらおうと励ましの言葉をかけますが、
その言葉は篤姫には届かず、空回り。

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2008年7月13日 (日)

(28)ふたつの遺言

篤姫のほおを両手で包み
「そちは面白い顔をしておるのう」と言った瞬間、
ギュッと抱きしめる家定。

そんな、昨夜の出来事を思い出していて、ついつい
庭に咲いている花を大量に抜いてしまった篤姫であります。


幕政では、井伊直弼が大老の職に就任し、
次の将軍は紀州藩出身の徳川慶福に決まります。
家定は、井伊と老中・堀田に、
篤姫に慶福の後見を務めるようにします。

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2008年7月 6日 (日)

(27)徳川の妻

篤姫は、慶喜派・慶福派のどちらにも味方しない
中立な立場を貫くことを決意します。
結果的に、養父・島津斉彬を裏切ることになろうとも、です。

斉彬が幕府に対して提出した建白書に対抗し、
滝山が井伊直弼を大老に推す嘆願書を持参しますが、
幾島がこれに噛みつきます。

滝山も黙ってはいません。
御台所付きの幾島より、将軍付きの滝山の方が
身分は上なのであります。

そんな二人の争いを眺めていた篤姫は、もうウンザリです。
ともかく、嘆願書の件は滝山に一任することにします。

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2008年6月29日 (日)

(26)嵐の建白書

ポルトガルから伝わった菓子を家定に勧められ、
「ん〜、おいしーい」と、篤姫は満足げに食べています。
二人してこたつのようなものに入って向き合い、
いろいろ話をしているわけですが、

同じ江戸城内では、
本寿院が井伊直弼を大奥内に呼び、
紀州慶福を次期将軍に推すという盟約を結んでいます。

本寿院にとっては、強い味方ができたと喜び、
井伊にとっては、大奥に足をすくわれることはないと
着実に自らの権力が広げられていることを実感しています。

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2008年6月22日 (日)

(25)母の愛憎

徳川家定とハリスの会見の場に
一橋慶喜を同席させたことで、
「慶喜がますます嫌いになった」と
家定が漏らしていたことを幾島は篤姫から聞き、
ひどく落胆しています。


毎朝恒例のお祈りの時間。
本寿院に微笑みかける篤姫ですが、
本寿院は、キッと睨み返しています。

その二人をチラリと見ていた家定、
心労がたたったか、その場でパタンと倒れ、
本寿院の居室へ運ばれていきます。

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2008年6月15日 (日)

(24)許すまじ、篤姫

家定は、いよいよハリスとの会見を迎えます。
しかし、見たことも話したこともない異人と会うことの不安を
もはや日課となった五目並べをしながら、篤姫に打ち明けます。

家定が本心で相談してくれたことがうれしい篤姫は、
将軍としての権威を失わない対面の方法を、
はりきって考えはじめますが、

幾島に「あちらはどうなっているのですか!?」と
慶喜推挙の件を詰め寄られます。

篤姫は、今は夫婦の関係を良い方向へ導くことが先決と、
幾島をうまくかわしていますが、
一方で、本寿院の篤姫に対するよそよそしさを
少しばかり気にしています。

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2008年6月 8日 (日)

(23)器くらべ

篤姫が大奥入りを果たして半年。

やっぱり明晰なお方であった、と篤姫に言わしめた家定ですが、
篤姫の鋭い追跡により、篤姫に対してだけは
うつけのふりをやめます。

しかし、他の人々の前ではあいかわらず奇行を繰り返していた。
朝のお祈りの後、「良きものを見せてやろう」と皆を集め、
爆竹をたくさん鳴らしてみせます。

実母の本寿院も、肝をつぶすほどたまげています。


篤姫は、家定の明晰さを幾島に言いますが、
もともと篤姫が大奥に送り込まれた理由である
一橋慶喜を次期将軍に推薦する、という使命は
どうやら果たせそうにありません。

家定自身が「慶喜はキライ」だからだそうです。

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2008年6月 1日 (日)

(22)将軍の秘密

庭に設えた池で、お志賀の方と優雅に釣りを楽しんでいます。
それを遠巻きに眺め「楽しそうにございますね」と幾島はいいますが、
「あれは仮の姿じゃ」とつぶやく篤姫。

とはいえ篤姫は、
家定がうつけのふりをしているとは思っていますが、
いまいち確信が持てていません。

家定の本当の姿を知り、家定自身の苦悩を共有することで、
真の夫婦になりたいという願いを強めています。


江戸・一橋家。
島津斉彬は、老中・阿部正弘とともに
徳川斉昭の子・一橋慶喜と会う機会を得ます。
次期将軍の座を、と迫る斉彬に
「火中の栗を拾え、とおっしゃるのですか」と
慶喜は冷静な発言をしています。

庭に控えている西郷は不信感を抱いています。
もしかしたら、西郷吉之助 vs 徳川慶喜 の対立は
この時から始まったのかもしれません。

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2008年5月25日 (日)

(21)妻の戦

「公方様は、うつけなどではない」

足を滑らせて池に落ちそうになる篤姫を、
絶妙なタイミングで腕を差し出した徳川家定を見て、
篤姫は強く確信します。

しかし、なぜうつけのフリをしているのか?
家定本人に真相を問い詰めようとしますが、
将軍の大奥へのお渡りがないために、
そのナゾがなかなか解けません。

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2008年5月18日 (日)

(20)婚礼の夜

篤姫は、庭で目撃をした男の正体について夜も眠れません。
幾島に問いますが、「あぁ、あれですか」と
特に驚いた様子はありません。

それよりも、幾島に見せられた巻物には
男女の夜の営みについて描かれているようでして、
篤姫は慌てて、それを仕舞わせます。
さすがは“純情☆きらり”でありますね。

日ごろ、姫としての格好を見ていますので、
お休みになるときの、髪を下ろしたような格好を見るのは
ちょっと新鮮でありますね。

幾島は幾島で、公方様(将軍・徳川家定)の正体を探るべく
たまたま通りかかった滝山に尋ねますが、
ひどく叱責されます。

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2008年5月11日 (日)

(19)大奥入城

篤姫は、将軍・徳川家定との婚礼を間近に控え、
江戸城大奥入りを果たします。
女の道は、一本道にござります──。
菊本の遺言が、脳裏を駆け巡ります。

篤姫が乗った駕篭は、
女中たちが6人がかりでかついでいますが、
将軍御台所に失礼、という理由からか、
前側3人は、後ろ向きに(駕篭向きに)かついでいます。

いざ大奥に入ってみれば、
篤姫にとっては驚きの連続であります。

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2008年5月 4日 (日)

(18)斉彬の密命

安政の大地震により、篤姫の江戸城大奥への輿入れは
実質的に白紙に戻ってしまいます。

幾島もさすがに焦りを覚えますが、
島津斉彬は「天変地異の後じゃ」と諦め顔です。
当の本人である篤姫は、そんなことをおくびにも出さず、
子供を抱えて明るい顔を浮かべています。

このような試練こそ、将来の苦難に備えた自己鍛錬になる、と
前向きにとらえる篤姫の姿に、斉彬も幾島も救われています。

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2008年5月 3日 (土)

(17)予期せぬ縁組み

篤姫の将軍家お輿入れは翌年早々と決定し、
江戸の薩摩藩邸は華やいだ雰囲気に包まれています。

島津斉彬が命じたお輿入れ用の反物や道具類を
西郷吉之助が準備してお披露目していますが、
幾島の厳しいお眼鏡にかなわず、
揃え直しを余儀なくされます。


江戸城では、
篤姫のお輿入れについて老中・阿部正弘が
将軍・徳川家定の耳にそれとなく入れますが、

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2008年4月20日 (日)

(16)波乱の花見

島津斉彬に宿った病魔も、春の訪れによって勢いが衰え、
床から起き上がれるほどに回復しつつあります。
床上げをし、江戸城へ登れば、
篤姫お輿入れの話も大きく前進できるはずです。

いよいよ目前に迫ったお輿入れの話に、
篤姫は恥ずかしさを隠しきれません。

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2008年4月13日 (日)

(15)姫、出陣

島津斉彬とともに江戸へやって来た隆盛西郷吉之助。
斉彬からの直々の指令を受け動き回る“庭方役”を仰せつかり、
斉彬のお側近くにお仕えすることになりました。

そして、篤姫が
第13代将軍・徳川家定の御台所として嫁ぐことを告げ、
その輿入れ道具の一切を調達するよう命を受けています。

「それがしのような無骨者が──」ととまどいを隠せない西郷ですが、
斉彬が西郷を見込んで命を下しているわけです。
とっても荷の思いお仕事ではありますが、
名匠・名品を訪ね歩き、目を肥やしておく必要があります。
そのうちに、日本のいろいろな情報が入ってくるだろうと、
西郷はさっそく動きます。

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2008年4月 6日 (日)

(14)父の願い

「御台所になれるわけがない!」と英姫に言われた篤姫は、
悶々とした日々を江戸の薩摩藩邸で送っています。
御台所の件をはっきりさせようと、幾島はあの手この手で
英姫に目通りを願い出てはいますが、なかなか許されません。

英姫は徳川御三卿の一つ・一橋家から島津家へ嫁いでいますが、
元をたどれば、第11代将軍・徳川家斉の実子であり、
篤姫とは言うに及ばず、幾島とは格段の身分の差であります。
到底許されるはずもないのですが、それでも引き下がらない幾島。

篤姫:いざ出陣じゃ!

篤姫は、英姫に目通りが叶うまで、
奥書院で座り込みをきめ込みます。

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2008年3月30日 (日)

(13)江戸の母君

薩摩からの船旅は、予想を遥かに超える苦しいものになっています。
荒い波にもまれて、特別仕様の大船が大きく揺れ、
乗船している者たちは皆、激しい船酔いに悩まされています。

篤姫は、あまりの気分の悪さに意識が遠のき、
これまた顔色が悪くなっている幾島に介抱されています。


薩摩・今和泉島津家──。
当主の忠剛が病を得、床についています。
その噂を聞きつけた肝付尚五郎は、
さっそく見舞いに訪れています。

篤姫が島津本家へ養子に入った際、
今和泉島津家からお供をしてきた侍女のしのですが、
篤姫が島津を発ち京・江戸へ向かうのを期に
鶴丸城からお暇をもらって、ふたたび今和泉島津家に仕えています。

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2008年3月23日 (日)

(12)さらば桜島

篤姫の江戸行きの日が近づきます。

お披露目のための着物を、篤姫は選んでいます。
初対面の頃は敵対心丸出しの広川も一緒になって、
仲良くキャッキャとはしゃぎながら(^ ^)

今和泉島津家では、実父・島津忠剛が
やれ髪の乱れはないか、やれ鼻毛は出てはいないかと
そわそわしながら準備しています。
ともかく、久々の再会に胸躍る心境なのでしょう。

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2008年3月16日 (日)

(11)七夕の再会

島津斉彬から、自身が次期将軍の御台所候補であることを知らされ、
“自らの意思で将軍家に嫁ぎたい”という意思を固めた篤姫。
前よりも俄然やる気が出て、花嫁修業に邁進しております。

篤姫:私は橋を渡ったのじゃ。のみならず、
   その橋に火をかけたのじゃと心得ておる

幾島:あっぱれなお覚悟にございます──。

日本史をはじめ、鼓や琴までのおけいこに余念がなく、
目覚ましい精進ぶりであります。

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2008年3月 9日 (日)

(10)御台所への決心

ペリーが持参した大統領国書に対して
老中・阿部正弘が広く意見を募ったものの、収拾がつかず、
海防参与に就任した徳川斉昭は、
より強硬な攘夷論を主張し続け、政局は混迷を極めています。

薩摩では、幾島は島津斉彬から、
篤姫を次期将軍・徳川家祥に嫁がせる野望を聞かされます。
次期将軍の御台所ともなれば、
京の公家出身の女性が務めることも多く、
斉彬としては、うかうかとしていられないわけです。

幾島は、これまでにも増して、
篤姫への教育を徹底的に行います。
箸の上げ下ろしから、礼の作法、着物の裾さばきに始まり、
琴、仕舞、生け花、茶道に至るまで。

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2008年3月 2日 (日)

(09)篤姫誕生

島津斉彬は、於一が島津本家の姫にふさわしくなるように、
京の近衛家に仕えていた幾島をつけ、於一を修業させます。

幾島は、もともとは斉彬の姉である郁姫に老女として仕えていた女性で、
薩摩藩江戸藩邸ですごしていましたが、
郁姫が近衛忠煕に嫁ぐために供をして京へ移り、
郁姫が亡くなった後も、忠煕の希望で
そのまま近衛家に残っていたわけです。

「助詞はテニヲハ」まで、一字一句ハッキリと、
さらにデカい声で指導する幾島に、
於一は圧倒されっぱなしであります。

幾島:影が形に沿う如く、お世話をいたす所存にございます。

言葉通り、御手水場にまでついてくる有り様で、
勝ち気な於一も、ほとほと疲れ果てております(^ ^;;)

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2008年2月24日 (日)

(08)お姫様教育

鶴丸城入りを果たした於一は、
老女である広川と高山に対面します。

しかし、いままでのほほーんと過ごした実家とは違い、
堅苦しい城のしきたりに、なかなかなじむことが出来ません。
於一の居室は、桜島の眺めがとてもいいのですが、
眺めるために庭に出ることすら叶いません。

広川曰く、転べば「殿様に申し訳が立たないから」だそうです。

ちなみに「老女」とはお世話係を意味しておりまして、
老いた女性のことではありません。

番組ガイド本によれば、
同じく老女役の松坂慶子さんに出演依頼する時にも、
この説明がなされたそうです(^ ^;;)
確かに「老女」という、現代の言葉の意味のままとらえれば、
誰も出演しませんもんね。

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2008年2月17日 (日)

(07)父の涙

前回、於一に何も語らないまま自害して果てた菊本。
於一は、菊本の突然の死にひどくショックを受けています。

しかも、そんな於一に追い討ちをかけるような出来事が。
父・島津忠剛が、菊本の亡きがらを裏の不浄門から出すなど、
罪人同様に冷遇したわけです。
こんな吉事の最中、屋敷を血で穢した罪は重いと見ているようです。

忠剛:菊本のことは即刻忘れるのじゃ!
於一:父上ッ!!

これにはさすがの於一も、父に対して反発を強めます。

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2008年2月10日 (日)

(06)女の道

今回は、ひとつの大きな吉報がきっかけで、
ふたつの悪い結果を生んでしまうという、
何とも後味の悪い(というべきか?)45分になりました。

すべてはこの「おんなの道」

橋田壽賀子先生っぽく、あえて平仮名でかきましたが(^ ^;;)


菊本:お殿様の……養女に!?

菊本の驚きを超えた声が、屋敷内にこだまします。

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2008年2月 3日 (日)

(05)日本一の男

今回のキーワードは、サブタイトルにもあります通り

日本一の男

であります。

ま、いろんな場面でいろんな登場人物がこの言葉を発していれば、
誰でもキーワードであるとご理解いただけるものと思われます。

ちなみに、去年の『風林火山』でも、

川中島──。

と、いろんな人物が発していたようなものです。

もともとは、於一が発した言葉なのですが、
こうもいろんな登場人物が発することになろうとは……。
於一の影響力、想像以上に絶大であります。

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2008年1月27日 (日)

(04)名君怒る

薩摩藩お家騒動の末に藩主となった斉彬は
薩摩入国後、民衆のための政治を目指して
藩政改革に積極的に取り組みます。

一方、斉彬の異母弟・忠教の藩主就任を画策した一派は、
斉彬からどのような処罰が下るのかと怯えますが、
結局何のお咎めもないまま日が経っていきます。
藩内人事も、敵味方関係なく留任すると、斉彬は決断します。

忠剛は「なぜだ……」と頭の中に“?”がたくさんなわけですが、
於一は、忠剛とお幸の会話に首を突っ込んで

忠剛:表向きのことに口を挟むなと申したであろ!!

と怒鳴られてしまいます。

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2008年1月20日 (日)

(03)薩摩分裂

薩摩藩内では、若い藩士たちを中心に、
藩主・島津斉興と、側室・お由羅への憎しみが徐々に高まりつつありました。

お由羅は、実子・忠教を跡継ぎに望んでいるのですが、
そんな折、斉興嫡男・斉彬の子どもたちが
立て続けに亡くなってしまい、
しかも床下から、呪詛調伏に使われたと思われる人形が発見され、
斉彬を慕う一派と激しい対立をひき起こしています。

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2008年1月13日 (日)

(02)桜島の誓い

於一の父である島津忠剛は、
農民たちから苦しい情況を訴えられたことがきっかけで、
藩主・島津斉興に「手ぬるい!」と一蹴され、みずから謹慎生活に入ります。
その上で藩政の改革に励み、
藩からの処分をどうにかまぬがれることができました。

謹慎明けの忠剛は、さすがにぐったりしていましたが(^ ^;;)

しかし、兄の忠敬は、於一が調所屋敷に行ったことをつかんでおり、
「父上の耳に入れるからな!」と脅します。
まぁ(・_・) ちっちゃな兄貴!

その後は、於一にみっちり絞られる尚五郎でありました。
しかしその場で、尚五郎から更なる情報を聞いた於一。

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2008年1月 6日 (日)

[新] (01)天命の子

幕末から明治へ──。


この国が
未曾有の大変革に向けて、
激しく、荒々しく揺れ動いた季節。

その季節を、
まっすぐに、ひたむきに生きた
一人の女性がいました。


南国の陽射しに包まれ、
桜島に見守られながら育った彼女は、
後に、江戸の街を
戦火から救うことになります。


その人の名は──篤姫。

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2007年12月23日 (日)

(00)『篤姫』予告

川中島の戦いからおよそ300年後──。

時は幕末──。

薩摩の国──。


激動の世を生きた一人の姫がいた──。


NHK大河ドラマ・ストーリー 篤姫 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

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