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カテゴリー「NHK大河2009・天地人」の52件の記事

2009年12月23日 (水)

(48-4)総集編第四部・愛の章

(35)家康の陰謀
慶長3年(1598年)3月、会津に入った上杉景勝(北村一輝)と直江兼続(妻夫木 聡)に、石田三成(小栗 旬)から豊臣秀吉(笹野高史)が病との知らせが届き、兼続は上洛する。そのころ、徳川家康(松方弘樹)は北政所(富司純子)に接近、上杉や三成の悪評を吹き込むなど暗躍していた。8月、秀吉は前田利家(宇津井 健)に後事を託し、三成らにみとられ亡くなる。諸大名は伏見城に集結。その席で家康は三成を叱責、緊張が高まる。大坂城へ移った淀(深田恭子)は諸大名に豊臣秀頼への忠誠を誓わせるが、家康はあいまいにし、逆に名指しはしないものの三成や上杉を批判。兼続は取り消しを求めるが、家康は応じない。そんな折、兼続のもとに初音(長澤まさみ)が現れ、三成が家康を討とうとしていることを伝える。急ぎ三成のもとに駆け付けた兼続は、重臣・島左近(若林 豪)の制止を振り切り、挑発は家康の罠であって怒りにかられてはならないと三成を説得し、思いとどまらせる。そして、家康の掟破りを罰するために詰問使が送られるが、家康は詭弁をろうしてかわしてしまう。一方、家康のもとに伊達政宗(松田龍平)の軍勢が到着する。この事態に兼続は収拾策を求めて利家のもとに出向く。そこへ家康が訪ねてきたことから、利家は一計を案じる。 
翌年3月、利家が亡くなった。家康を抑える人間がいなくなり、兼続は不安を募らせる──。

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(48-3)総集編第三部・人の章

(20)秀吉の罠
明智光秀(鶴見辰吾)を討った羽柴秀吉(笹野高史)は、織田信長(吉川晃司)の嫡孫・三法師を跡継ぎに推し、その後見として主導権を掌握。そして賤ヶ岳の戦いでライバルの柴田勝家(菅田 俊)を討ち果たし、関白に就任した。天正13年(1585年)、本能寺の変からわずか3年後のことだった。
一方 越後では、直江兼続(妻夫木 聡)のもとへ初音(長澤まさみ)が訪ねてくる。秀吉に対する上杉の態度を探るためであった。初音は、真田庄へ向かうと言い残して立ち去る。やがて、春日山城に秀吉の使者が来た。上杉景勝(北村一輝)との会見を望み、秀吉自ら越後まで出向くという。上洛を迫られると察した景勝は会見を拒むが、兼続は 会って断るべき と説得し、景勝も了承する。しかし、景勝は会見では一言も話さないと宣言する。落水(おちりみず)での会見の日。秀吉は石田三成(小栗 旬)を伴って会見の場に現れる。会見は景勝、兼続、秀吉、三成の4人のみで行われた。一言も話さない景勝は、逆に威圧感を与え、会見は順調に進む。やがて兼続たちの読み通り、秀吉は上洛を求めてきた。兼続は拒もうとするが、景勝は上洛を約束する。会見後、兼続は景勝に意地を通すより越後のために決断したと明かされ、感動するのだった。その夜、宴が催された。兼続は三成に話しかけるが、その歯にきぬ着せぬ言動につい腹を立ててしまう。

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2009年12月22日 (火)

(48-2)総集編第二部・地の章

(10)二人の養子
上杉謙信(阿部 寛)の遺言を不審に思った柿崎は上杉景勝(北村一輝)に夜討ちを仕掛けるが、すんでのところで泉沢久秀(東 幹久)に切られ絶命する。景勝の家臣たちは景虎の仕組んだことではないかと疑うが、その景虎が現れ、自分は知らぬ と潔白を訴える。しつこく問い詰める樋口兼続(妻夫木 聡)に、景虎は自尊心を深く傷つけられる。お船(常盤貴子)は兼続に、景虎が腹を立てていることを伝え、景虎をおろそかにせぬよう忠告する。
翌日、謙信の葬儀が行われた。その夜、兼続の父・樋口惣右衛門(高嶋政伸)は、急いで春日山城本丸をおさえるよう兼続と弟・樋口与七(小泉孝太郎)に指示する。景虎の家臣から北条家に送られた密書を入手したのだ。兼続は景勝に知らせるが、景勝は 義兄弟を裏切ることはできない と拒否する。惣右衛門は兼続と与七に 先に本丸に乗り込むよう命じ、景勝は自分が説得すると伝える。本丸を目指す兼続と与七。そこに上田衆も駆けつけ景虎側との小競り合いの末、本丸をおさえることに成功する。争いを避けたい兼続は、仙桃院(高島礼子)に仲裁に入るよう懇願するが、そこに景虎が現れる。本丸占拠を兼続の仕組んだことを疑う景虎は、兼続に猛然と切りかかる──。

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(48-1)総集編第一部・天の章

(01)五歳の家臣
天正14年(1586年)、大坂城。上杉家家臣の直江兼続(妻夫木 聡)は、主君の上杉景勝(北村一輝)とともに豊臣秀吉(笹野高史)に謁見していた。兼続の有能さは諸国の武将たち知れ渡っており、秀吉は兼続を自らの家臣にしようと呼び寄せたのだ。
兼続が優れた人物に育ったのは永禄7年(1564年)、越後・上田庄で起きた事件がきっかけだった。同年7月、坂戸城主・長尾政景が上杉輝虎(後の謙信・阿部 寛)の参謀・宇佐美定満と野尻湖で溺死する。長尾家の家臣たちは「輝虎が仕組んだ暗殺」と、すぐさま城に集まり戦の準備。混乱する場内に与六(後の兼続・加藤清史郎)の父・樋口惣右衛門(高嶋政伸)もいた。そこに突如輝虎が現れ、残された政景の妻・桃(高島礼子)と10歳の息子・喜平次(後の景勝・溝口琢矢)と対面する。桃は輝虎の姉である。その年の秋、輝虎は喜平次を狩に連れだし自らの養子にすると伝える。そして喜平次は坂戸にある寺・雲洞庵で、侍としての修業を始める。一方 5歳の与六は、将来喜平次の家臣になるために親元から離れ、同じ雲洞庵での生活を始めるのであった。

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2009年11月22日 (日)

(47)愛を掲げよ [終]

今日は『天地人』最終回!
なので、『その時歴史が動いた』風にお届けします(^ ^)


人間のドラマ。
それを人は歴史と呼びます。

決断の時、
決行の時、

人は何を考え、
どのようにして動いたか。

その歴史の決定的瞬間を取り上げます。


そしてみなさん、いよいよ「その時」がやってまいります。

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2009年11月15日 (日)

(46)大坂城炎上

豊臣家を潰さんと欲する徳川家康は、
着々とその外堀を埋めつつあります。

豊臣攻め──。
それを目前にして、現・征夷大将軍の徳川秀忠は
決して快くは思っていないようです。

そこで、秀忠は何と直江兼続に
徳川家康に諫言してほしいと言い出します。
仲介役は、伊達政宗。

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2009年11月 8日 (日)

(45)大坂の陣へ

慶長10(1605)年。
徳川家康は将軍職を三男・徳川秀忠に継承させます。
上杉家にも祝賀に来るようにとの家康からのお達しがあります。

もともと豊臣家を盛り立てていくつもりだった上杉家にとっては
徳川将軍職の継承は気持ちいいものではありません。
直江兼続は、家康が待つ伏見に赴く前に
淀・豊臣秀頼母子が住む大坂城に立ち寄ることにします。

秀頼とは久々の再会ですが、以前と変わっているのは
徳川家、しかも秀忠の実の娘・千姫を娶っていることであります。
とはいえ、秀頼も千姫もまだあどけなさが残る幼子でして、
政略結婚の怖いところです。

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2009年11月 1日 (日)

(44)哀しみの花嫁

本多政重はついに直江家の養子となって婿入りします。

勝吉と改名しますが、
養子になったからといっても、すぐには心を開いてくれません。
前回あった、兼続の弟・大国実頼の身勝手な行為が
未だに信用できない所以なのかもしれません。

お船は、自らも最初のだんな(直江信綱)を失って
わずか1ヶ月も経たぬうちに、主家・上杉の命で
兼続と夫婦の契りを交わしたのでした。

その話を(娘に話すのは恐らく初めて)お松に明かし、
時の流れに任せるのがよい、と助言します。

一方、兼続は勝吉に
上杉家の内情を包み隠さず明かし、
これには上杉家臣たちも泡を吹きます。

いくら養子と言ったって、相手は徳川重臣のせがれです(^ ^;;)

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2009年10月25日 (日)

(43)実頼追放

慶長9(1604)年、夏。

上杉景勝は、迎えた側室が男子を出生。
初めてのパパになりますが、
産んだ側室は産後の肥立ちが悪く、
病を得て間もなく亡くなります。

正室・菊姫に続いて、側室までも失った景勝は
あまりのショックに呆然とする日日です。
側室が産んだ男子は、
代わりにお船が育てていくことになりました。

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2009年10月18日 (日)

(42)将軍誕生

米沢城。

仙桃院が、菊姫から届いた文を上杉景勝に見せます。
景勝に側室を、との内容です。


直江兼続は、家臣団の面々と
いろいろ打ち合わせをしています。
城を守るために、町づくりに着手しなければなりません。

そんな最中、飛び込んできた“竹松倒れる”の報。

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