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カテゴリー「NHK大河2004・新選組!」の51件の記事

2013年6月28日 (金)

プレイバック新選組!!・(50)土方歳三 最期の一日

──箱館・五稜郭。
旧幕府軍、最後の砦である。

明治元年10月、
海を越えて蝦夷地に渡った徳川の家臣たちは
新政府軍からこの五稜郭を奪い取り、
兵を勧めて蝦夷地を平定した。

彼らは独立政権の樹立を目指し、
旧幕臣・榎本武揚を総裁に選んだ。
陸軍の指揮は大鳥圭介、土方歳三はその補佐役となった。

しかし、新政府軍の反撃は厳しく
明治2年5月には箱館の町と五稜郭周辺だけが
最後の拠りどころとなっていたのである──


明治2(1869)年5月・蝦夷地(北海道) 七重浜──。

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2013年6月24日 (月)

プレイバック新選組!・(49)愛しき友よ [終]

近藤 勇、逮捕──。

板橋の豊田家で預かりの身となった勇は、
いそいそと取り調べに向かいます。

坂本龍馬を暗殺したのが新選組であると思い込んでいる者が多く
それだけに新政府軍の怒りを買っている勇ですが、
勇としては、やっていないものは
何があろうとやっていないと言うしかありません。

その勇を救出に行こうと滝本捨助は提案しますが、
ここで局長奪還というのは、ちと分が悪く無理な感じです。

捨助は、たとえ一人でも
勇を助けに行くと言って出て行ってしまいます。
「見損なったぜ!」

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2013年6月21日 (金)

プレイバック新選組!・(48)流山

慶応4(1868)年3月6日、
近藤 勇率いる120余の甲陽鎮撫隊は
10倍以上の勢力の新政府軍と激突。

頼みにしていた菜葉隊には
新選組からの援助要請も黙殺されてしまっていて、
ついに現れることがなかったわけです。
なすすべもない甲陽鎮撫隊。

勇と対立した永倉新八は、原田左之助とともに新選組を離脱。
病状が悪化して戦列を離れた沖田総司は、
東京千駄ヶ谷の植木屋平五郎宅の離れにて療養中。

勇と土方歳三は、江戸の中心部を避け
五兵衛新田で再起のチャンスを狙っていました。
「オレには振り返っているヒマはねえ」
歳三は、関東で新しい新選組を作ろう、と言います。

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2013年6月18日 (火)

プレイバック新選組!・(47)再会

慶応4(1868)年2月12日・江戸城──。

徳川慶喜は謹慎のため上野寛永寺に移り、
新選組は、その警護を任されます。

「オレはこのまま終わるつもりはない」
薩長と戦う、と近藤 勇が言い出しますと、
土方歳三も賛成してくれます。

その歳三は、刀の時代は終わったのだと
榎本武揚が身にまとっていた洋服を入手し
髪型も変えました。
「オレは、姿形から入るンだ」

相当なナルシストですw

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2013年6月15日 (土)

プレイバック新選組!・(46)東へ

戦場に錦の御旗が揚がった時、戦の勝敗は決まりました。
官軍となった薩長の攻撃の前に、旧幕府軍は総崩れ。
決戦を主張していた佐々木只三郎も、
結局はこの戦いで受けた傷がもとで命を落とします。

慶応4(1868)年1月6日の夜、
徳川慶喜は松平容保・定敬兄弟を伴って大坂城を脱出。
大坂天保山に停泊させておいた開陽丸に乗って
海路を東にとり、江戸へ──。


慶応4(1868)年1月7日・京──。

不動堂村の新選組屯所に戻った土方歳三と斎藤 一は
屯所に残してきた書類等の処分をしています。
新撰組結成以来、誰を斬ったかなど事細かに記録しているものなどは
薩長の手に渡ってしまえばとてもまずいことになってしまいます。

しかし、次第に周囲をうろつく薩長兵が増えてきました。

淀からの道案内でついてきた山崎 烝も加えた3人は
八木源之丞と、息子・為三郎の手引きで
安全な抜け道を通って脱出することになりました。
「災い転じて福と成す、の喩えもおます」

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2013年6月11日 (火)

プレイバック新選組!・(45)源さん、死す

街道沿いの空き屋から、その勇を狙う武士がふたり。
銃の弾は、確実に近藤 勇に命中します。
肩から流血し、顔を歪める勇。

同行していた島田 魁の機転で、馬にむちを当てられ
勇を逃がすとともに、狙撃の容疑者を追う島田たちです。

流血がひどく、勇の隊服は真っ赤に染まっています。
松本良順から医学を学んだ山崎 烝が
勇の右肩に残る銃弾を取り出しました。

勇が狙撃されたという知らせは
すぐに土方歳三や井上源三郎ら
新選組幹部にも伝えられました。

新選組の役割は局長の敵を討つことだ、と
歳三は怒りに任せて叫びますが、
源三郎は、今は伏見城を守ることが役割だと言って抑えます。
「勝手に持ち場を離れてはいかん!」

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2013年6月 7日 (金)

プレイバック新選組!・(44)局長襲撃

それはまさに、クーデターであった──。

慶応3(1867)年12月9日、
薩摩の兵を中心に、尾張や越前などの5藩が
御所の守りにつきました。
松平容保の報告に飛び起きる徳川慶喜です。

薩摩藩らの決起から間もなく、
御所・御学問所では幼い明治天皇によって
『王政復古の大号令』が発布。

これにより260年余り続いた徳川幕府は正式に廃止され、
倒幕派の諸藩による、朝廷を中心とした
まったく新しい政府が作られたわけです。

すべてお見通しじゃ、と強がる慶喜ですが、
分かっていたならなぜ手を打たなかったのかと
容保は不安になっています。
「上様が何と仰せになろうと……薩摩を討つ!」

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2013年6月 3日 (月)

プレイバック新選組!・(43)決戦、油小路

人間のドラマ。
それを人は歴史と呼びます。

決断の時、
決行の時、

人は何を考え、
どのようにして動いたか。

その歴史の決定的瞬間を取り上げます。


そしてみなさん、いよいよ「その時」がやってまいります。

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2013年5月31日 (金)

プレイバック新選組!・(42)龍馬暗殺

京・西本願寺を屯所とする新選組ですが、
大掛かりな訓練稽古を続けて大砲を次々とぶっ放し、
おまけにお寺の敷地内で隊士の切腹というのも
あんまりよろしくはなく、
寺の坊主たちはほとほと困り果てていました。

そこで、西本願寺から南に少し下がったところに位置する
不動堂村(現在の京都市下京区堀川通)に新たに屯所を築き、
そこに移ることにします。

ただし、近藤 勇らが不動堂村屯所にいたのは、
実に半年という短い期間でありました。

慶応3(1867)年10月14日、
討幕を図る薩摩長州に対し徳川慶喜は先手を打ちます。
『大政奉還』という大ばくちに出たわけです。

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2013年5月28日 (火)

プレイバック新選組!・(41)観柳斎、転落

慶応3(1867)年6月、近藤 勇ら新選組の面々は
これまでの功績から徳川家直参の身分を与えられます。
会津藩お預かりという臨時雇いという曖昧な立場から
正式に幕府の一員として認められることになりました。

新選組隊士たちが「御家人」である一方で
特に勇は、将軍に会うことを許される「旗本」となり
農民出身でありながら、
実力でその身分の壁を乗り越えたわけです。

名実ともに武士になった──。
勇は、土方歳三と固く抱きしめ合って喜びます。

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