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カテゴリー「NHK大河1996・秀吉」の39件の記事

2017年5月23日 (火)

プレイバック秀吉・(39)かあちゃん、人質

「朝廷は、新しい姓を御下賜くだされる。
 今日よりは、豊臣……豊臣秀吉である」
しかし、その後も秀吉の前に強敵が立ちはだかっていた。

平成8(1996)年1月、長野市で見つかった文書。
小牧・長久手の戦の後、徳川を支援するよう
命じられた軍勢の内訳が記されている。

家康に援軍を送り、秀吉の天下統一を阻もうとした人物、
それは関東独立を目指す北条氏直であった。
また北条は、東北の伊達政宗と同盟を結んでいた。

秀吉580万石、兵15万に対し、
徳川・北条・伊達合わせて350万石、兵11万。
この同盟が秀吉の前に立ちはだかっていた。

同盟を解体し、中心人物の家康を豊臣軍に引き込むことが
(秀吉・徳川軍700万石・18万 北条・伊達230万石・8万)
秀吉の天下統一の鍵であった──。

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2017年5月19日 (金)

プレイバック秀吉・(38)黄金の茶室

金箔瓦に金箔の壁、絢爛豪華な室内装飾。
大坂城は、まさに黄金の城だった。

天正13(1585)年、
秀吉は家康をはじめ主だった大名・公家たちに
なんと黄金5,000枚、銀30,000枚を配ったという。
これが世に言う、秀吉の金賦(くば)り。

このような時に使われたのが、
日本史上初の金貨にして世界最大を誇る天正大判。
このドデカイ金貨1枚で、米なら95俵、まんじゅう10,000個、
こんにゃく30,000丁、酒が一升瓶で3,100本、山いも25,000本、
ろうそく4,000本、炭500俵、足袋170足、畳600帖……が買えた。

これほどの黄金を、秀吉はどうやって手に入れたのだろう。
当時の日本は、各地の戦国大名たちの
鉱山開発による空前のゴールドラッシュ。
天下人・秀吉は、それらの金・銀山を独り占めにできたのだ。

この莫大な黄金を使って、秀吉が造ったものとは──?

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2017年5月15日 (月)

プレイバック秀吉・(37)天子様の御落胤(らくいん)!?

日本一の城・大坂城を築き、
事実上『天下人』となった秀吉。
しかし、その正当性を
朝廷に承認してもらうためには、ある条件が。

源、平、藤原、橘。
平安時代以降のしきたりには、
このいずれかの姓を名乗る者のみ
天下を制する資格があるとされていた。

由緒ある家柄、百姓出の秀吉に立ちふさがる大きな壁。
しかし、秀吉はかつて信長が朝廷より官位を授かる際
「平姓」を称したことに倣ってか、「平 秀吉」を名乗ることで
次々と官位を昇進させていったのである。

従五位下→左近衛権少将
→従四位下参議→従三位権大納言→正二位内大臣

そして、古いしきたりをくつがえす、
新しい姓が今ここに誕生する──。

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2017年5月12日 (金)

プレイバック秀吉・(36)家康vs秀吉

平成の大改修が進む大坂城。

もっとも、現在の大坂城は
石垣の全てが徳川時代に築かれ、
天守閣も昭和の初めに再建されたもの。

では、秀吉が築いた大坂城の姿は、
いったいどのようなものだったのか?

[ヒント1] 大坂夏の陣図屏風
[ヒント2] 秀吉時代の金箔瓦
[ヒント3] 秀吉時代の石垣
[ヒント4] 大坂城本丸の図面

これらを元に、秀吉時代の大坂城を再現すると。

五重の屋根を持つ壮大な天守閣と金色に輝く様々な装飾。
権力の頂点から眼下の風景を見下ろす天下人秀吉。
だが、その前に立ちふさがろうとしていたのが、
宿敵・徳川家康であった──。

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2017年5月 9日 (火)

プレイバック秀吉・(35)美しき刺客

「一同、大儀である」
ははッ、と平伏する織田家家臣団──。

権謀十策、天下を制す。
清洲会議に於いて、秀吉は巧みに主導権を握り
自らが信長の後継者となる第一歩を踏み出した。

信長や光秀が遺した領地の分配についても
秀吉は、ライバルであった柴田勝家をはるかに凌ぎ
(秀吉:70万石・勝家:6万石)
巨大な力を得ることに成功する。

京都・大徳寺。
秀吉はここで信長の葬儀を
絢爛豪華、史上最大の規模で主催した。

これは、秀吉こそが織田家のナンバー1、
実力者であると宣言する、
いわば一大デモンストレーション。

この葬儀への出席を、柴田勝家は断固拒否する。
誇り高き名門のプライドは、秀吉に膝を屈することなど
絶対に許さなかった。

信長の死より半年余り、今まさに龍虎相見えんとす──!

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2017年5月 5日 (金)

プレイバック秀吉・(34)女の天下獲り

信長の正統な後継者を決める会議が
ゆかりの城・清洲城で開かれようとしていた。

織田家筆頭家老にして、北陸方面軍司令官・柴田勝家。
ナンバー2の、四国方面軍司令官・丹羽長秀。
そして、明智光秀を討ち勢いに乗る中国方面軍司令官・
羽柴秀吉が、虎視眈々と主導権を狙っていた。

その中で、会議を牛耳ろうとしていたのは
実力ナンバー1の柴田勝家である。
天下取りを目指す秀吉、
果たして勝家を攻略する秘策はあるのか──。

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2017年5月 1日 (月)

プレイバック秀吉・(33)光秀の首

天下分け目の「天王山」。

この言葉は、秀吉と光秀の主戦場・山崎、
天王山の地名に由来している。

天王山のある京都府乙訓郡大山崎町。
現在、淀川と天王山に挟まれた狭い土地に、
関西の大動脈とも言える名神高速道路、
そして新幹線が通っている。

昔から山崎は交通の重要地点であった。
水路では淀川の三支流の合流点にあたり、
陸路では、西日本に通じる西国街道が貫く。
京都へ向かうには、必ずここ山崎を通ることになる。

淀川沿いを一路京に向けて駆け上ってきた羽柴軍。
一方、天王山の山裾に陣を張って、待ち受けていた明智軍。
両者の激突は、天正10年6月13日、午後4時のことであった──。

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2017年4月28日 (金)

プレイバック秀吉・(32)夢を継ぐ者

「[第1回] 信長杯争奪・天下取りダービー」!!

第一のコース、シバタカツイエ。 [◎]本命
第二のコース、ハシバヒデヨシ。 [△]連穴
第三のコース、ニワナガヒデ。  [○]対抗
第四のコース、タキガワカズマス。[▲]単穴

位置について、よーい、ドン!

スタートしました!
おおっとハシバがいきなりダッシュ!
大きく飛び出した! 大きく飛び出した!
これが世に言う、ハシバ奇跡の『中国大返し』か!

当時秀吉は、高松城を水攻めの真っ最中で備中にいた。
一刻も早く、戻らなければならない。
決戦場山崎まで、その距離はおよそ200km。

ある者は馬上にて、またある者は馬を乗り捨て、
身一つで駆ける。
1日20kmが限界であったこの時代に、
羽柴軍は1日40kmの驚異的なスピードで進軍した。

「お館さまァ〜ッ!!」

さあ、天下取りは目の前だ!
走れ秀吉──!!

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2017年4月25日 (火)

プレイバック秀吉・(31)天下への道

「敵は惟任日向守!」

天正10(1582)年6月2日、
京・本能寺において織田信長は非業の最期を遂げた。

この変事の知らせが、備中高松城の
秀吉の元に伝わったのは6月3日深夜。
父であり神でもある信長を失った今、
秀吉の取るべき道は──?

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2017年4月21日 (金)

プレイバック秀吉・(30)信長、死す

「天正十年六月二日 早暁」

本能寺を取り囲む明智光秀の軍勢。

磔にされ、串刺しにされる母・美。

織田信長に平手打ち去れ、足蹴にされ、
殴りつけられる光秀。

千 宗易、妻・ひろ子、徳川家康、おね、羽柴秀吉の顔。
信長の顔。

「母御前……敵は、本能寺にあり──!」

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