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お乗り換え〜♪

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カテゴリー「NHK大河1986・いのち」の50件の記事

2018年12月28日 (金)

プレイバックいのち・(50)いのちふたたび [終]

岩田剛造の死から1ヶ月あまりが過ぎ、
四十九日の法要が近づいていました。

しかし剛造の葬儀以来固く閉ざされた未希の心は
工藤清吉やイネの心遣いや中川邦之の思いやりも届かず
ますます暗く落ち込んでいくようでした。

仕事の合間を見て、八木金太が高原家に見舞いに来ますが
金太の顔を見れば、病気に気づいてあげられずに死なせてしまった
村中ハルのことを思い出してしまうかもしれないので
イネも金太を未希に会わせるのをためらってしまいます。

岩田家に行って来る、という中川佐智に、イネは
岩田典子の仕打ちを考えたら、
未希は岩田から縁を切られたと思うのは道理でありまして
岩田がそうしたいというならそうするしかないと
こちらから頭を下げるような真似はさせたくないようです。

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2018年12月25日 (火)

プレイバックいのち・(49)永遠(とわ)のわかれ

東京の高原病院で
竜夫による医療保険請求の杜撰さが問題となっていて
病院経営の危機を知った未希がショックに
打ちのめされていたまさにその時、

津軽の中川邦之から、東京の岩田未希に
岩田剛造が倒れたとの知らせが入ります。
剛造が農業賞を受賞し、家族で祝ってから
まだ1週間も経っていませんでした。

邦之の初診では、脳出血らしいというのですが、
弘前の津軽中央病院に運んで、
検査はこれからというところです。

時間を確認して、翌朝の飛行機に乗るよりは
今晩の夜行列車に乗った方が
まだ早く津軽に戻れるということで、
未希は津軽へ急行します。

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2018年12月21日 (金)

プレイバックいのち・(48)帰りなん、いざ

昭和59(1984)年の秋、2年近くの闘病も虚しく
村中ハルは大好きな津軽で59年の生涯を閉じました。

ハルの死が岩田未希に与えたショックは大きく、
残りの人生を津軽に帰って
岩田剛造とともに生きたいと決めたのも
ハルの死が契機になったわけです。

それは、90歳近くにもなってなお高原家を守り続けている
工藤清吉・イネ夫妻への務めでもあると考えていたのです。

ハルの納骨が済むと、昭和60(1985)年が明けました。
いったん津軽へ帰って剛造と暮らすための家を建てる段取りをし、
その完成を目処に東京を引き払うことにして
すぐさま東京に戻る未希です。

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2018年12月18日 (火)

プレイバックいのち・(47)さらば友よ

村中ハルが開腹手術を受けてから1年半が経った
昭和59(1984)年の秋、手遅れと言われながら
よくがんとの闘いに耐えてきたハルでしたが、
ハル自身、死期が近いのを知る日が来ていました。

医師になって30年余り、多くの患者の死を診てきた
岩田未希でしたが、ハルの場合は特別の思いでした。
医師として親友として、どうしたらハルに
安らかな死を迎えさせてやることができるか──。

動けるうちに津軽に行って、津軽で死にたい。
そう望むハルに、未希は頷き、同意します。

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2018年12月14日 (金)

プレイバックいのち・(46)ガン告知

昭和58(1983)年の春、高原病院に人間ドックが新設され
村中ハルが新設前の患者として受診することになりますが
思いがけずハルの卵巣腫瘍が発見されます。
卵巣のがんでした。

ハルには子宮筋腫ということにして
高原病院で開腹手術が行われますが、
すでにがん細胞は腹膜に転移していて
手の施しようのない状態でした。

終戦後40年近く、姉妹以上の友情で結ばれてきた
ハルの病状に、岩田未希は
医師として友人としてこれからどうしたらいいのか
ただ呆然とするだけでした。

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2018年12月11日 (火)

プレイバックいのち・(45)新しき家族

高原病院は、若い岩田竜夫が事務長になったのを契機に
新しい時代を乗り切るための新しい経営に切り替えられ
竜夫はその手腕を発揮し始めていました。

しかし何よりも大きな出来事は、妻・征子の懐妊でした。
竜夫と征子の間に子どもができたことは、夫婦の危機を救い
何とか岩田家の平和は保たれて
いつしか7年の歳月が流れていました。

みんなの祝福を受けて生まれ、
「真希」と名付けられた征子のひとり娘も6歳になり
おばあちゃんになった岩田未希の愛情を一身に受けて
すくすくと育っていました。

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2018年12月 7日 (金)

プレイバックいのち・(44)あしたこそ

昭和51(1976)年2月、
岩田未希の姑・テルが79歳の生涯を閉じました。

晩年を、認知症(※放送では「老人性痴呆症」)に冒された
テルの面倒を見た未希は、
再び莫大な借金をして老人病棟の建設に踏み切りましたが、
その完成を目前にしての、未希には心残りのテルの死でした。

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2018年12月 4日 (火)

プレイバックいのち・(43)望郷

岩田未希は、認知症(※放送では「老人性痴呆症」)の
岩田テルを介護してみて、家族の大変さが骨身に沁みて分かり
認知症患者のための病棟を建てたいと思うようになっていました。

就職浪人中の浜村直彦と、岩田竜夫との間で
高原病院に心臓外科親切と直彦を迎え入れる段取りの話が
かなり進んではいたのですが、認知症患者のための病棟の話で
直彦の受け入れ話が一旦は立ち消えに。

……なりそうだったのですが、
まずは循環器の勤務医として直彦を迎え入れ
直彦には働いてもらいながら、心臓外科新設に向けて
準備をする、という形で一旦の決着を見ます。

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2018年11月30日 (金)

プレイバックいのち・(42)嫁のつとめ

岩田竜夫と征子の結婚式に、すでにその兆しがあった
姑・岩田テルの認知症(※放送では「老人性痴呆症」)が
思いのほか進行していたのです。

今までテルの世話をして来た娘の典子は
男の子を出産したばかりでテルの世話をできる状態になく
岩田未希はテルを東京に引き取ることにします。

テルを入院患者として引き取るのではなく
家族としてお世話をしていくと決めた以上、
岩田家の居住空間で過ごしてもらうのが最善ですが、

誰かがついていないと危険だ、ということで
未希は津軽出身でテルの顔なじみの看護師・絹子を
テルの世話役に任命しようとします。

オイルショックで物資がなく、人手も足りないときに
そんなことは事務局としては認められない、と
竜夫は怒って出て行ってしまいます。

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2018年11月27日 (火)

プレイバックいのち・(41)津軽のおんな

昭和48(1973)年10月17日、岩田未希と剛造の長男・岩田竜夫と
高校入学の時から村中ハルが面倒を見て来た津田征子との
華燭の典がハルの経営する結婚式場で行われました。

東京オリンピック開催を契機に
高度成長を続けてきた昭和40年代の日本とともに
急成長した高原病院とハルの事業との
全盛期を象徴するような豪華な結婚式でした。

披露宴は滞り無く終わり、
竜夫と征子は人々の祝福を浴びて
沖縄へと新婚旅行へと旅立って行きます。

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