2020年4月 7日 (火)

プレイバック信長・(27)対決

【アバンタイトル】

続きを読む "プレイバック信長・(27)対決"

| | コメント (0)

2020年4月 3日 (金)

プレイバック信長・(26)信長を見た

【アバンタイトル】

続きを読む "プレイバック信長・(26)信長を見た"

| | コメント (0)

2020年3月31日 (火)

プレイバック信長・(25)野望

【アバンタイトル】

当時、都の人たちにとって、織田信長という田舎大名は知る由もない人物だった。
その信長が、東の方から数万の軍勢を率いて、いきなり上洛してきたのである。
上から下まで大騒ぎになったようだ。
家財道具をもって逃げ出す者も多かったという。

朝廷からも信長軍に「上洛するらしいが、洛中で略奪暴行が起こらぬよう、
くれぐれも軍規を引き締めなさい」という命令書が発せられた。
正親町天皇も、祈祷を行ったほどである。

信長軍は、上洛すると本陣を東寺に置き、足利義昭は清水寺に陣を敷いた。

東寺は京の都、いわゆる平安京の入り口あたりに建てられたものであるが、
信長がそこを本陣としたのは、都を背に、大坂方面の敵を見渡すためであった。
当時、この寺は都のはずれで、その先はもう田畑の広がる田園地帯であったようだ。
信長にとってその景色は、まさに天下からの眺めであったに違いない──。

続きを読む "プレイバック信長・(25)野望"

| | コメント (0)

2020年3月27日 (金)

プレイバック信長・(24)天下布武

【アバンタイトル】

将軍・足利義輝が暗殺された後、その弟・義昭が
越前朝倉義景を頼ったのは、偶然のことではない。
朝倉家は代々将軍家に忠節を尽くし、
特別に近しい間柄にあったからである。

この朝倉家に、『朝倉敏景十七箇条』という家訓が残っている。

そこには、奉行などは世襲にせず、有能で忠義心の強いものを選べばよいとか、
名人の作った高価な太刀より、安い百本の槍の方が強いとか、
地位ある家臣は城下に住み、その領地には代官を置けばよいなどと
合理的で兵農分離を意味するようなことが記されている。

信長の時代より半世紀以上も前のことである。
もしこの家訓が、本当に当時のものとすれば、
戦国時代の初めのころから、大名は
領国経営の矛盾と合理化の必要を感じていたことになる。

時代は、最初その矛盾もゆっくりとした速度で積み上げ、
やがて飽和状態となって一挙に爆発するのだろうか…、
火山のように──。

続きを読む "プレイバック信長・(24)天下布武"

| | コメント (0)

2020年3月24日 (火)

プレイバック信長・(23)京への道

【アバンタイトル】

その昔、中国人は自分たちの国が世界の中心だと思っていた。
そして地方には文化の低い国々が広がっていると信じていた。

そこで、北方の国々を「北狄(ほくてき)」と呼んであざけっていた。
西方を「西戎(せいじゅう)」と言った。
東方にある日本は「東夷(とうい)」と言った。
そして南方の国々を「南蛮(なんばん)」と言った。

当時の日本人がポルトガル人を南蛮人と呼んだのは、
中国のこの表現をそのまま使ったものである。
ポルトガル人はインドやマカオを通って、
まさしく南の海から現れたからである。

ちなみに日本国内でも、京の都の人たちは
都の東側の地域を「東夷」と言ってあざけった。
信長は、まさに東側に住む東夷のひとりである。

その信長がついに美濃を平定し、今、東から京の都へ目を向け始めていた。
フロイスたち宣教師も、都での布教を目指していた。
京の都は、東夷からも南蛮からも、
熱いまなざしをもって見られることになったのである──。

続きを読む "プレイバック信長・(23)京への道"

| | コメント (0)

2020年3月20日 (金)

プレイバック信長・(22)美濃攻略

【アバンタイトル】

信長はいま宿願の美濃制圧を成し遂げようとしていたが、
彼の前半生は過酷であった。

信長は尾張那古野に産まれたが、当時尾張国内には勢力争いの嵐が吹き荒れていた。
信長は6歳の時に父母から離され、那古野城主になった。
そして15歳になると、美濃斎藤道三の娘・帰蝶と政略結婚をさせられた。
だが、間もなく父・信秀が死に、頼りの平手政秀も自害して去った。

それからが、信長の正念場であった。
尾張の覇権争いが激化し、血で血を洗う戦いとなったのである。
まず尾張守護が消え、次に守護代が消え、信長の叔父たちも消えていった。
そしてついに信長は、末森城主で弟の信行を殺すことになったのである。

やがて尾張は平定されたが、それもつかの間、
大敵・駿河の今川義元が攻めてきたのである。桶狭間で戦いとなった。
信長はこの戦いで奇跡の勝利を治め、一躍脚光を浴びる存在となった。
27歳の時である。

その後、彼は本格的に美濃を攻めるため、城を清洲から小牧山へ移したが、
その間に帰蝶は去り、しのはこの世を去った。
いま信長は、前半生の総決算をしようとしていたのである。
33歳になっていた──。

続きを読む "プレイバック信長・(22)美濃攻略"

| | コメント (0)

2020年3月17日 (火)

プレイバック信長・(21)将軍暗殺

【アバンタイトル】

信長が美濃攻めのため、居城を清洲から小牧山へ移したころ、
東側の脅威は、甲斐の武田信玄、越後の上杉輝虎であったが、
西側にも用心すべき国々があった。

まず、琵琶湖の北で勢力を伸ばしていたのが湖北の浅井長政、
彼と同盟関係にあった越前の朝倉義景、
そして、浅井とも時々戦っていた湖南の六角承禎、
さらに南に下がって、伊勢の神戸具盛、北畠具教である。

ではこのころ都の様子はというと、将軍足利義輝を擁して権勢をふるっていた
三好長慶が死んで、その家老・松永久秀が待望を抱くに至っていた。
松永は、京の所司代の職にあって、以前からその実力を発揮していたが、
あらためて将軍をあやつり、天下の実権を握ろうとしていた。

そんな松永に将軍は大いなる不満を持ち、
ふたりの間には、険悪なものが漂い始めていた。
だが、信長の目は、まだ北の美濃に向けられていて、
都の動静に目を向ける暇はなかった──。

続きを読む "プレイバック信長・(21)将軍暗殺"

| | コメント (0)

2020年3月13日 (金)

プレイバック信長・(20)伴天連フロイス

【アバンタイトル】

信長が美濃を攻めていたころ、宣教師ヴィレラたちは
将軍から許可状をもらって京都で布教を始めたが、
思うような成果はあげられなかった。
その上、仏教側の排斥運動などもあって、堺へ逃げたり、また京都に戻ったりしていた。

だが九州地方ではそれなりの布教聖火があげられていた。
当時、豊後国府内にいたトルレス神父は、平戸に続いて、肥前国大村の領主・大村純忠と交渉し、
横瀬浦にポルトガル船を入港させる条件で、そこにポルトガルの町を作ろうと計画した。
大村純忠はこの話に賛成した。

ルイス・フロイスが日本に第一歩を記したのは、
そういう時期の横瀬浦である。
フロイスはこの日から6年後に将軍を推し立てて上洛した信長を訪問するのだが、
この時はまだ信長の存在を知らなかった。

まして信長は、ポルトガルの宣教師、ルイス・フロイスと
都で会うことになろうとは、夢にも思ってはいなかった──。

続きを読む "プレイバック信長・(20)伴天連フロイス"

| | コメント (0)

2020年3月10日 (火)

プレイバック信長・(19)信長北上

【アバンタイトル】

ルイス・フロイスは、彼の著書『日本史』の中で、
日本の天皇と将軍についてこんな風に書いている。

日本には万事に勝る最高の二つの権威がある。
第一は内裏である。
400年以上も前から、人々はもはや彼に服従しなくなっているが、
彼がこの日本の66ヶ国すべての国王であり、最高の統治者である。

第二は公方様で、
内裏の長官もしくは副王のようなもので、
日本の貴族・武士も含むが、
みな彼を国王の総司令官として大いに畏敬している、と。

一般に、当時は将軍に力なく、御所も荒れ果てていたというが、
外国人であるフロイスの目には、天皇も将軍も
人々から充分たる尊敬の念をもって迎えられているように映ったらしい。
フロイスは、日本人の心情を感じたのだろう。

そういうフロイスから見れば、上洛して天下を取るという表現も、
多少違う意味のものとして感じられたかもしれない。
もちろん信長は、まだ天下など考えてはいなかった──。

続きを読む "プレイバック信長・(19)信長北上"

| | コメント (0)

2020年3月 6日 (金)

プレイバック信長・(18)和平同盟

【アバンタイトル】

フランシスコ・ザビエルをはじめ、日本に来た
イエズス会宣教師たちは、報告書を提出する義務を負わされていた。

彼らは報告書を何通も作り、ローマのイエズス会本部や
ポルトガル、スペインの修道院へ送った。
たとえ事故があっても、どれか一通が残るよう配慮されたのである。

ルイス・フロイスの書いた『日本史』は報告書ではない。
上司の命令で、日本での布教史を書いたものである。
そのフロイスも、生まれ故郷のポルトガルでは、無名の存在である。

彼らの誕生日はもちろんのこと、その住まいも家柄もまったく不明である。
彼はなぜ16歳でイエズス会に入ったのだろう。
彼に何度も会った信長なら、そのあたりの事情を知っていたかもしれない──。

続きを読む "プレイバック信長・(18)和平同盟"

| | コメント (0)

その他のカテゴリー

Kassyのオススメ おしごと おともだち ウェブログ・ココログ関連 デジタル ニュース バス・電車 心と体 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 育児 音楽 NHKスペシャル・坂の上の雲 NHK大河1966・源 義経 NHK大河1970・樅ノ木は残った NHK大河1972・新・平家物語 NHK大河1973・国盗り物語 NHK大河1974・勝 海舟 NHK大河1977・花神 NHK大河1978・黄金の日日 NHK大河1979・草 燃える NHK大河1980・獅子の時代 NHK大河1984・山河燃ゆ NHK大河1985・春の波涛 NHK大河1986・いのち NHK大河1988・武田信玄 NHK大河1990・翔ぶが如く NHK大河1992・信長 NHK大河1996・秀吉 NHK大河1998・徳川慶喜 NHK大河2000・葵 -徳川三代- NHK大河2002・利家とまつ NHK大河2004・新選組! NHK大河2005・義経 NHK大河2006・功名が辻 NHK大河2007・風林火山 NHK大河2008・篤姫 NHK大河2009・天地人 NHK大河2010・龍馬伝 NHK大河2011・江 NHK大河2012・平 清盛 NHK大河2013・八重の桜 NHK大河2014・軍師官兵衛 NHK大河2015・花燃ゆ NHK大河2016・真田丸 NHK大河2017・おんな城主直虎 NHK大河2018・西郷どん NHK大河2019・いだてん NHK大河2020・麒麟がくる NHK大河ドラマ NHK大河・北条時宗 NHK新大型時代劇1985・真田太平記 NHK朝ドラ・おしん