プレイバック信長 -KING OF ZIPANGU-・(49)本能寺の変 [終]
【アバンタイトル】
偶然のことかもしれないが、本能寺の変が起こる直前に、各武将たちは仕事で信長から遠ざかる形になっていた。
まず滝川一益は関東管領として、上野厩橋(うまやばし)城に着任したばかりだった。川尻秀隆は甲斐甲府にいた。徳川家康は信長の武将ではないが、安土で歓待された後、京・大坂・堺を見物するため旅立っていた。老臣柴田勝家は、越前北ノ庄城主として越後上杉と戦っていた。能登を任されていた前田利家は、柴田軍の与力として柴田と行動を共にしていた。そして丹羽長秀は四国土佐を攻めるべく、先発隊として大坂湾近くにいて、総大将・信孝の来るのを待っていた。羽柴秀吉は備中高松で交戦中だった。しかも攻め上ってくる毛利の大軍に備えていた。その秀吉軍を応援するため、池田恒興・高山右近らは、軍勢を率いて備中に向かっていた。
こんな具合で、安土から京都にかけて軍勢の空白が生まれていた。そこにただ一人、備中への応援に駆けつける明智光秀が残っていたのである──。


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