プレイバック春日局・(50)献身の生涯 [終]
【アヴァン・タイトル】
戦前の教科書には、今ではお目に掛かれない春日局の記述がたくさんありました。尋常小学校の『きそくにしたがへ』は、中でももっとも有名です。春日局は一般に賢婦人(けんぷじん)の鑑として扱われましたが、戦時中には朝廷を蔑(ないがし)ろにした悪女と教えられ、そのイメージを一変させられて戸惑った人々もいます。
京都花園にある麟祥院。東京湯島の麟祥院と並ぶ春日局の菩提寺です。寛永11(1634)年、息子正勝の死後、家光によって建立されました。庭の奥にひっそりとたたずむ御霊屋(おたまや)。春日局の死後、家光が局の菩提を弔って、局の木像をここに祀ったのです。春日局が没して350年、この長い歳月、微動だにせず、穏やかなまなざしを注ぎ続けるこの木像は、いま何を我々に語り掛けているのでしょうか──。
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