2023年9月22日 (金)

プレイバックおんな太閤記・(42)秀次追放

文禄2(1593)年8月3日、秀吉の側室・淀の二度目の子、拾の誕生は、豊臣家の人々に大きな波紋をもたらした。鶴松の死で子を諦めていた秀吉は狂喜し、拾を溺愛した。が、すでに天下は秀次のものになっていた。秀吉はそれを後悔し、秀次が邪魔になったとしても不思議はなかった。叔父と甥の間でありながら、拾をめぐって次第に溝が深まっていった。

それを一番心配したのはねねであった。伏見城修築でしばらくは大坂城へ戻って来れない秀吉の代わりに、ねねが大坂城から伏見城へ出向きます。大坂城は拾の城、聚楽第は関白秀次の城、淀城は鶴松を亡くした縁起の悪い城なので破壊し、秀吉とねねが隠居をするための城として修築しています。大名屋敷も伏見に置くわけで、ねねは、隠居所とはほど遠いとチクリと刺します。

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2023年9月15日 (金)

プレイバックおんな太閤記・(41)秀頼誕生

天正20(1592)年7月、九州唐津の名護屋城で大政所危篤の知らせを受けた秀吉は、急きょ大坂へ向かった。大坂城へ駆けつけた豊臣秀吉は、出迎えるねねになかの容態を問い詰めます。伏し目がちのねねが涙を流して首を横に振るのを見て、秀吉はすべてを悟ります。「間に合わなんだのか……!!」 秀吉は絶叫するとその場に倒れます。

居室で寝かされていた秀吉は、意識を取り戻しゆっくりと目を開きます。むくりと起き上がり、傍らに控える豊臣秀次を見てなぜ早く知らせなかったのかと尋ね、大陸出兵の大事に心を煩わせてはならないと配慮したと弁明する豊臣秀次を激しく叱責します。秀吉にとっては唐入りよりもなかの命の方が大事なのに、それが分からないで自分の代わりが務まるかと責め立て、顔も見たくないと追い出してしまいます。

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2023年9月 8日 (金)

プレイバックおんな太閤記・(40)たらちねの母よ

天正19(1591)年は豊臣家にとって暗いことばかり続いた。弟秀長が没し、お茶々の産んだ世継ぎ・鶴松が3歳で急逝した。ねねには豊臣家の前途に不吉な影をもたらす前兆のような気がして、不安であった。

ねねは鶴松の位牌に手を合わせ、淀殿に慰めの言葉をかけます。淀殿はなかやねねに鶴松を愛おしんでもらったことに感謝しつつ、至らなかったと自分を責めます。豊臣秀吉にとっては高齢で得た我が子だっただけに落ち込みも激しく、今ひとりで有馬へ湯治に行っていて悲しみを拭い去ろうとしています。ねねにも秀吉を慰めるすべが見つからず、ねねは淀殿に、これからも尽くして秀吉を慰めてほしいと頭を下げます。

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2023年9月 5日 (火)

プレイバックおんな太閤記・(39)弟、秀長の死

天正18(1590)年9月1日、関東の雄・北条氏を滅ぼし奥羽平定を終えて、秀吉は無事京へ凱旋した。関東・奥羽を最後に秀吉は完全な天下統一を成し遂げたのである。秀吉の、一緒に有馬温泉に行きたいとの心遣いにねねはなかも誘いますが、なかは秀吉にしては上出来と、二人で湯池に出かけてくるようねねの背中を押します。「おみゃあさら夫婦ふたりは肝心な時、これから先のことをよう話し合うて」

紅葉の眺めは格別で、なかを連れてこなかったことが心残りです。なかとねねが仲良くしてくれることが励みと秀吉は頭を下げます。ねねに楽な暮らしをさせたくて頑張ってきた秀吉に、そういう気持ちにさせる女子こそ立派なおかかなのかもしれません。おかかは他の側室たちとは違うと力説する秀吉に、ねねは呆れながらはいはいと頷きます。

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2023年8月29日 (火)

プレイバックおんな太閤記・(38)まんかかさま

天正18(1590)年1月14日、秀吉の妹・あさひは聚楽第でひっそりとその生涯を閉じた。あさひの死は、北条攻めを前に家康の力を頼まんとする秀吉には、大きな痛手であった。折も折、あさひの死の前日正月13日、家康の三男・長丸が人質として上洛。聚楽第において元服、秀忠と名乗った。

なかは、あさひの死は豊臣秀吉のせいだと心を痛めます。ふと副田甚兵衛の名を口にするなかに、あさひの遺言として言わないつもりだったねねは、あさひは京で何度も甚兵衛に会っていたことを打ち明けます。ただそれが、雪の日に賀茂の河原に行って風邪を引きあだになりました。自らの責任というこほをかばい、ねねはなかに詫びますが、知らなかったなかはねねとこほによくやってくれたと頭を下げます。

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2023年8月25日 (金)

プレイバックおんな太閤記・(37)あさひの涙

天正17(1589)年8月、秀吉はお茶々と鶴松を淀城から大坂城へ移した。生後4か月の鶴松を豊臣家の継嗣として内外に知らしめるためである。ねねはお茶々親子に大坂城を譲った形で、なかやあさひ、他の家族と聚楽第へ入った。このことは、大坂城が豊臣家の本城である以上、ねねとお茶々の立場が完全に逆転したことを意味する。ねねは時代の変わり目をひしひしと感じていた。

大坂城でお茶々と鶴松を迎えた秀吉は、しばらくしてやっと聚楽第へ戻ってきた。豊臣秀吉はねねのご機嫌を取るために菓子を渡し、おかかの側が一番じゃ、おかかは今でも美しいと言ってみせますが、ねねの表情にはどこか白々しさが残っています。「お前さまもご苦労なことじゃ。大阪では淀殿や鶴松君を立てられ、京に戻られたら戻られたで私に気を遣われて」

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2023年8月18日 (金)

プレイバックおんな太閤記・(36)世継誕生

茶々が、秀吉の子を身ごもったと聞かされて、なかは秀吉の子だとは信じず、病後の身体を押してねねを従えて急きょ聚楽第へ駆けつけた。二人の突然の来訪に、秀吉は狼狽した。茶々の懐妊をまだ話せずにいたからである。ようやく現れた豊臣秀吉は対面所に入ると、なかとねねの威圧感漂う背中にバツが悪そうな表情で近づきます。

なかのことを気にしながら多忙と言い訳し、ねねにはなかの世話の礼を言います。平静を装う秀吉ですが二人ともそっぽを向いています。梅が見ごろだと梅見遊山を勧める秀吉に、ねねは重い口を開きます。「お茶々どの、ご懐妊の由……祝着至極」 ねねのお祝いの言葉に、秀吉は“ねねは怒っている”とうろたえます。なかも怒っていて、目の前の茶菓子を秀吉に投げつけます。

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2023年8月15日 (火)

プレイバックおんな太閤記・(35)お茶々懐妊

天正16(1588)年5月、お茶々は大坂城から京の聚楽第へ移った。妹の初も小督も嫁にゆき、一人残ったお茶々を不憫がった秀吉が、京見物をさせるという名目であった。ねねはそれを信じていた。いや、信じようとしていた。

ねねの居室をややが訪れます。秀吉が聚楽第に移ってからというもの、ややの夫・浅野長政も聚楽第にずっと詰めていて、ねねは長政が秀吉の信任が厚いからだと褒めます。ただ、ややが長政から聞いたところによると、最近では石田三成が台頭してきていて最も信頼が厚く、茶々の面倒まで秀吉から託されているそうです。

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2023年8月11日 (金)

プレイバックおんな太閤記・(34)哀(かな)しき再会

秀吉が九州を平定し、京に関白の公邸として造営した豪華絢爛を誇る聚楽第に入って、また秀吉の新しい時代が始まろうとしていたその時に、兄・秀吉の犠牲となって徳川家康に嫁したあさひが今、副田甚兵衛との運命的な再会を迎えようとしていた。天正15(1587)年1月末のことである。

あさひの心を慰めようと家康が設けた舞台を前に、あさひが着座します。傍らには側室の阿茶の局が控えています。舞台上には男たちが9人現れ、旅芸人一座の座長が挨拶の口上を述べます。その後方には、同じく平伏する甚兵衛の姿があります。あれだけ行きたくないと抵抗していても、座長の説得に応じざるを得ず現れたようです。楽屋でもガタガタ震えて、他の座員に心配されるありさまです。

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2023年8月 8日 (火)

プレイバックおんな太閤記・(33)おかかへの手紙

天正14(1586)年、暮れ。秀吉は朝廷より太政大臣に任ぜられ、「豊臣」という姓を賜って得意満面であった。これまで関白や征夷大将軍になれるのは「源平藤橘」の氏を持つ者だけでしたが、今回それに豊臣が加わります。豊臣姓を名乗ることがどれほどすごいことなのか、豊臣秀吉はなかとねねに丁寧に説明しますが、「なんぼ名前が変わったとて藤吉郎は藤吉郎じゃ」となかは呆れます。

関白太政大臣は朝廷に代わって天下を治める役割のため、従わない者は朝廷に背く国賊として容赦なく討てるわけです。それで九州征伐かとなかは合点がいきます。秀吉は三好吉房・とも夫婦を呼び、実子小吉を養子にしたいと言い出します。養子なら何人もいますが、一人ぐらいは身内から出した方がとともは賛成します。兄弟の中で子どもがいるのはとものみで、男の子を産んでおいてよかったとつぶやきます。

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