プレイバック八代将軍吉宗・(48)祭ばやし [終]
花咲き花散り、月昇り月沈む。将軍家にまつわる話もいよいよ千秋楽と相成り申した。されば近松門左衛門、テレビ桟敷の皆々さまにお目にかかるも今宵限り。寂寥(せきりょう)の感うたたせつなく、胸に染み入るなごり雪、この世の者ではござらねど、語り続けて長丁場、勢い余って失言暴言、ご不興の段は平にご容赦を。……笑止千万! は! は! は! は! は!
さればでござる。吉宗公は9代将軍の座を家重公にお譲りあそばし、嫡孫家治ぎみをそのお世継ぎとなされ申した。さらに田安宗武どの、一橋宗尹どのに、家治ぎみの御弟万次郎ぎみを加えて、後の「御三卿」を創設なされたのでござる。この御三卿のご身分は、神君家康公お定めの御三家を凌ぎ、15代にわたる将軍の座は、前半が家康公のお血筋、後半は吉宗公のお血筋と大きく分かれ申した。これすなわち、吉宗公が“小家康”と呼ばれる所以でござる──。


最近のコメント