明治32(1899)年に大石の下から中国鏡30面前後、銅剣・銅矛・銅戈(どうか)・ガラス璧・ガラス勾玉(まがたま)など多数の副葬品とともに甕棺墓(かめかんぼ)が発見され、この大石が圧葬墓(王墓)の上石ということがわかりました。
大石は甕棺墓の上に標石状にのせられていたと考えられます。発見時の記録と近年の周辺の調査から王墓は墳丘墓(ふんきゅうぼ)であったこともわかりました。
平成10(1998)年に現在地に移設しました。
(「王墓の上石」説明板より転載)